第32話 たからもの

 次の日の朝。

 雨宮は、誰もいない部室に一人、座っていた。

 もう一度、サクラからの手紙を読み返す。そして、部室を見渡す。

 すると、雨宮の脳裏に、あの頃の記憶が蘇ってきた。


〈あめみやー、とれないー!〉


 そういいながら、小さな背を懸命に伸ばして上の方にある本を取ろうとしていたこととか。


〈なんだよそれ〉


〈お店で安売りしてたの、かわいいでしょ〉


 そういって、窓の上にアンティーク調の時計をかけたこととか。


〈できたー!!つかれたー!!〉


〈お前が締め切りを守ってくれれば、こんなことにはならなかったんだよ……〉


〈へへ、ごめんごめん〉


 文化祭の前日、夜遅くまで残って準備をしたこととか。


〈やったー!!〉


〈なにかの間違いじゃないか?〉


〈素直に喜びなよー、快挙だよか・い・きょ〉


 そうやってできた部誌が、その年の投票でグランプリをとったこととか。


「なつかしいなぁ」


 雨宮はつぶやく。時計や、賞状はあのときからそのまま部室に残っていて、雨宮は、なんだか嬉しい気持ちになる。

 この部室も、あの時から何も変わっていない。

 部室の扉を開けると、その向かいには大きな窓があって、そこから日の光が差し込んでいる。その窓の上には時計がかかっていて、今も時を刻んでいる。

 両脇の壁には大きな本棚が2つあって、本がところ狭しと並んでいた。

 そして、扉の上には、あのときの表彰状が今も飾ってある。


 あのときから、この部屋は何も変わっていない。そう、

 そんなことを考えた、そのとき。


「おはようございます」


 入口の方で声が聞こえた。


 そして入ってきたのは、夏目と、


「おはよう、みんな」


「「「「おはようございまーす」」」」


 文芸部の部員たちだった。


 ***


「ただ、一つだけこちらからもいいですか?」


 昨日、そう条件を切り出した夏目に、雨宮は少し困惑し、そして、


「……お金は払えないよ?」


 といった。その答えに、夏目は吹き出す。


「違います、今回のこの宝探しに、他の部員も参加させてほしいなって」


 頭脳は多いほうがいいんじゃないですか?という夏目の言葉に、雨宮は「そうだね」とうなずく。

 それに、と夏目は続けた。


「きっと……みんなにとっての思い出になると思うんです」


 ***


「ごめんね、休みなのに」


 本来なら、今日は文化祭の翌日ということで休みのはずである。それなのに来てくれた部員たちには感謝しかない、と雨宮は思った。


「いえいえ、楽しそうだったんで!」


 中原空が、ガッツポーズをする。いつも通りの明るい笑顔だ。


「来たい人は来てね、くらいで呼びかけたので、まさか全員来るとは思いませんでした」


 夏目がふふ、と笑う。


「あらかたの状況説明はしてあります」


「ありがとう……ところでさ」


 雨宮は、全員が入ってきたときから思っていたことを言った。


「昨日、なんかあった?なんか、告白イベント的な」


 ブッ、とその瞬間に種田一葉が吹き出す。その他の四人は、口をつぐんだままだ。


「いや、なんか今までと雰囲気が違うなーって。なんか、明るいというかなんというか。ほら、文化祭ってそういうの多い……」


「……なんでもないですから!」


 まず口を開いたのは夏目だ。いつにない夏目の大声に、雨宮はびっくりする。


「ああ、なにもねえから!」


「こっちだって何もありませんよ!」


「ええ、そうよ!」


 慌てたように二葉、中原、中島杏珠が続く。

 それに何かを察した雨宮は、


「あ、ごめん、気のせいだったかも」


 とお茶を濁したのだった。


***


「さて、謎を解きますよ」


混乱が落ち着いたあと、全員、一度席についた。


「もう一度、暗号を読みますね」


 ―――――――――――――――――


 わたしたちのすみかの


 時間をしおりにし


 昼間の夜に


 雨と桜がであうところ


 そこに宝はねむる


 ―――――――――――――――――


一通り読み終わったあと、最初に話し始めたのは二葉だった。


「『わたしたちのすみか』ってのは、この部室ってことだよな?」


「うん、そうだと思う。あいつ、ここのこと『私のすみか』って言ってたし」


「じゃあ問題は……『時間をしおりにし』ってところですね」


うーん、と中原がうなる。


「サクラさんは、この栞紐を使うって言ってたんですよね?」


「そうだね」


なるほど、と中島が言う。


「じゃあこの『しおりにし』っていうのは、この紐をなにか―――『時間』が表すものにくくりつけろってことじゃないですかね」


「時間……単純に考えたら、あの時計のこと、ですかね」


 種田が、窓の上の時計を指差す。


「うん、僕もそう思ってた」


 雨宮が同意する。


「ちょっと、普通すぎませんかね……」


「あいつ、たぶんそんなひねった謎作れないと思うよ」


 まったくオブラートにつつまれてない物言いに、夏目は苦笑いする。


「それに、あの時計はサクラが持ってきたものだから。全然、あり得ると思う」


 その言葉に、部員たちはああ、と納得したような声を出した。


「じゃあ、一回おろしてみるか」


 二葉は椅子に登り、時計を取り外す。


 机の上に置かれたそれを全員で覗き込む。

 その文字盤は、よく見るとレースのように細かい網目模様になっていて、綺麗な時計だな、と夏目は思った。

 もう少し詳しく見てみると、ホコリを被ったそれの、ちょうど12時の文字盤の上の時計のてっぺんに、二つの穴が開いている。ちょうど、紐を通せそうなほどの小さな穴。


 夏目が手元にある栞紐をその穴に通し、固く結ぶと、小さく「カチッ」と音がした。ぱあっ、と全員の顔が明るくなる。


「なんか作動したな」


「作動しましたね」


「じゃあ次に問題となるのは、」


「「昼間の夜……」」


 夏目と二葉の声がハモる。


「昼間に部屋を暗くしろってこと?」


 中島が言う。


「でもこの部室、カーテンがないですし」


「暗幕でも借りてくればいいんじゃないの?」


「それは無理だね」


 雨宮が言った。


「だって文芸部、暗幕使えないもん」


「暗幕が使えない!?」


 中原が目を見開く。


「なんでですか?」


「いやあ……」


 雨宮が居心地が悪そうに笑う。


「サクラが勝手に暗幕持ち出してこの部室でお化け屋敷やってさ。そのときに窓ガラス割ったもんだから、文芸部は暗幕使用禁止になったってわけ」


「そこを先生の権力でなんとか……」


「僕もそのときの共犯だからね、たぶん昔からいる先生に止められる」


 おいおい、と夏目は心の中でツッコミをいれた。


「たとえ暗幕が使えたとしても、『昼間の夜』ってそういうことじゃないと思う。あいつがこの手紙を渡してきたのは、暗幕事件よりもっとあとだから」


「じゃあ、夜中に学校に来るのは?」


「もしかしたら、それでもいいのかもしれないけどさ」


 雨宮が、目を伏せる。


「あいつが、やってほしかった通りに、やってあげたいんだよね」


 わがまま言ってごめん、そう雨宮が呟くと、夏目は首を振った。


「考えましょう『昼間の夜』」


「昼間の夜……昼に、暗くするってことか」


 あーわかんねえ!と二葉が悶える。


「昼に、暗くなる……あ」


 その中原の一言で、一気に彼に注目が集まる。


「今日って……日食、ですよね。めっちゃ久しぶりの、皆既日食」


 しばしの沈黙。そして、


「「「「「それだー!!」」」」」


 全員が、声を揃えて叫んだ。


「そうだ、文化祭で、天文部が言ってた!」


 昼間に、暗くなる。日食は、確かに日中に暗くなる現象だ。


「日食って、何時からでしたっけ?」


「たしか、12時ごろ……ってもうすぐじゃないですか!?」


「時計戻すか?」


「戻しましょう」


 そして、バタバタと準備を終え、12時。


 みんなが、固唾を飲んで見守る中。



 あたりが、少しずつ暗くなっていく。

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