第33話 手紙

 あたりが、少しずつ暗くなっていく。

 それを、みんなは見守る。誰も何も言わない。部室が、静寂に包まれる。

 そのとき。


「あ」


 と中原が声を洩らした。みんなも同じタイミングでそれに気づく。


 時計のちょうど12時の文字盤の上のあたりから、光が出ていた。

 暗さが増していくにつれて、その光は眩しくなっていく。

 夏目が光の進む方を目で辿ると、時計のちょうど反対側の壁に、その光が投影されていた。何やら模様が浮かび上がっているようだが、まだ、ぼんやりとしている。ただ、桃色と水色の、二色の光が見えるだけ。


 そして、12時11分。太陽が、皆既日食となったころ。

 その模様は、はっきりと形を成した。


「きれい……」


 夏目は思わず言う。

 時計の、ちょうど反対側の壁に、切り絵のような模様が映っていたのだ。

 左側の桃色の光の方には、満開の桜が。

 右側の水色の光の方には、雨が、それぞれ描かれている。


 そして、その二つの光が重なって、淡い紫色になっている。その光は、


 文化祭で文芸部が一位を取った時の、賞状を照らしていた。


 はっと、誰かが息を呑む音がした。

 雨と桜が出会う場所……つまり、桜色水色が重なる場所。

 そこに、宝が眠っているのだ。


 そしてまた、空が白みはじめる。

 だんだんと、あたりが眩しくなって、そして、完全に『昼』にもどる。


 すると、


 ガタン


 と大きな音がした。

 びっくりして夏目が音の方を見ると、雨宮が椅子を倒して立ち上がり、唇を震わせながら賞状の方を見つめていた。

 そしてしばらくしたあと、雨宮は何も言わず賞状の下まで歩き、ジャンプしてそれを取る。

 震える手でなんとか額を外すと、賞状の裏に、桃色の……いや、の封筒が入っていた。


「……これ、一人で読んでもいい?」


「もちろんですよ」


「だって、みんなに手伝わせたのに、最後の最後は見せないなんて、ひどくない?」


「たしかに、中身は気になりますよ。でも、」


 夏目は、窓の外をぼんやりと見つめながら言う。


「それはきっと、私たちにあてて書かれたものではないですから」


***


 部員たちが、帰った後。


 雨宮は椅子に座り、封筒を見つめる。

 開けようとして、でも一度手を引っ込めて、天を仰いだ。


 脳裏に浮かぶのは、サクラの笑顔。


 しばらくそのままでいたが、はあ、と息を吐いて、雨宮は封筒を開ける。

 封筒の中を覗くと、一枚の便箋と、木でできた栞が入っていた。


 雨宮はゆっくりと便箋を開ける。そして、それに目を通す。

 最後まで読み終わると、雨宮はもう一度それに読んだ。それが終わったら、またもう一度。ぼやける視界で、なんども、なんども。


 そして、雨宮は便箋をそっとしまう。そして、栞を握りしめると、


「……サクラ」


 と呟いた。


***


―――――――――――――――――

 雨宮へ


 ゲームクリアー!!おめでとうー!!

 まずは、ここまで来れたことを褒め称えます。えらい!


 雨宮は覚えてないだろうけど、私たちが部活してたときも部分日食があって、そのときにこのトリック(?)を思いついたのです。


 次の日食いつだろ?って思ったら、ちょうど10年後で、しかも皆既日食なんだから、これを利用するわけにはいかないよねってことで。


 私も、見たかったな。皆既日食。


 私がこれを書いてるとき……つまり6月の時点で、もう余命宣告はされていて。

 6月中にはもう入院すべきって言われてたのをなんとか押し通して、夏休み前までは学校に通わせてもらうことになって。その期間でこれの準備をしたんだ。

 雨宮へ、私からの最後のプレゼント。


 たぶん君には私の病気のことを伝えずに、私はいなくなると思う。雨宮はきっと、後から私のことを聞いて、びっくりして、自分を責めるよね。なんで気づかなかったんだって。

 きっと伝えた方が、雨宮は苦しまなくて済むって、わかってる。


 でも、ごめん。雨宮には、伝えたくない。


 体が弱いからクラスに友達もいなくて、私の体のことを知ってる大人たちは私のことを『病気の子』として扱う。

 だから、私のことを、ただの『サクラ』として接してくれる人は、一緒にいてくれる人は、雨宮しかいなかった。

 だからね、雨宮には、そのままでいてほしかったの。これは私のわがまま。真面目な雨宮を苦しめてしまうってわかってたけど、でも、伝えたくなかった。

 本当にごめんなさい。


 なんか、しんみりしちゃったね笑

 そうそう、封筒に入れておいた栞は、私からのもう一つのプレゼント。ずっと私が使ってた、桜の木でできた栞。雨宮に託します。

 私は大丈夫!雨宮が去年のクリスマスにくれたやつがあるからね。


 最後に!

 雨宮と過ごした日々は、私の宝物です。

 文芸部で過ごした日々は、私の青春の全てでした。そして、その中心にいつもいたのが、雨宮でした。

 雨宮のことが、友だちとして、大好き!

 私は、これからもずぅっと、雨宮と、文芸部の幸せを、願っています。


 サクラより


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