第9話 春休みの活動・2日目

 夏目が部室に行くと、珍しく二葉が先にきていた。


「こんにちは。」


 近くに駆け寄り夏目がそう言うと、


「うす」


 と二葉は小声で返す。


 二葉は、大きな黒いトートバッグを肩にかけていた。珍しく大荷物だな、と夏目は思いながら、部室の扉を開ける。


 二人がいつもの場所に座ると、二葉が「あの、」と口を開き、トートバッグの中から大きな何かを取り出した。


 夏目漱石のデフォルメぬいぐるみだった。


「家族で愛媛旅行に行ってきたんで、そのお土産。……その辺の棚にでも飾っといて。」


 そう言って彼はぬいぐるみを無造作に渡す。

 大きさ30cmほどの、かわいらしいぬいぐるみ。夏目は微笑んで、


「ありがとうございます。」


 と言ってから、自身の後ろにある背の低い本棚の上にそれを飾った。


 そして、ぬいぐるみを少し見つめてから、


「名前、つけましょう。」


 と夏目は唐突に言った。


「……名前?」


 二葉が驚いて聞き返すと、夏目は「そうです。」とうなずく。


「名前があった方が、愛着湧きますから。」


 二葉は少し考えてから、言った。


「……夏目さんとかは?」


「私と名前がかぶっていてややこしいので、別の方がありがたいです。」


 確かに、と二葉はつぶやく。


「漱石は?」


「ありきたりすぎます。」


 二葉は、少しだけムッとする。そして、なんとか夏目をギャフンと言わせてやろうと、二葉は必死に考え始めた。


「漱石先生」


「長いです。」


「そうちゃん」


「軽すぎます。友達か何かですか。」


「じゃあ先輩はなんかあるのかよ。」


 ムッとして言い返すと、夏目ははっとして俯いた。


「すみません、言いすぎました。……嬉しくて、浮かれてました。」


「……別に。気にしてない。」


 二葉はそっぽを向く。


 正直、二葉は少し嬉しかった。夏目が好きかもと思い、少ないお小遣いをはたいて買ったぬいぐるみを気に入ってもらえたことが。


 しかしそんなこと言えるはずもなく、少し気まずい沈黙が流れた後、二葉が口を開いた。


「先輩が命名したら?部長なんだし。」


 夏目は少し目を見開く。そして、「えっと」と少し考える素振りをしてから、言った。


「じゃあ……漱石さんで。」


 意外と普通の名前に収まった。


***


 その後普通の活動に入り、それも終わった頃。


「帰りましょうか。」


 夏目がそう言って立ち上がる。その瞬間。


「あの!」


 二葉が急に大きな声を出した。


「実は、もう一つお土産があって。」


 二葉はそう言って、トートバッグから一つのものを取り出す。


「さっきのぬいぐるみは部活へのお土産で、こっちは……先輩用。」


 そう言って、二葉はそれを手渡し、「それじゃあっ!」と逃げるように部室を出て行った。


 夏目はそれを呆然と見つめてから、手元に目線を落とす。

 そこには、『坊ちゃん』をモチーフにしたアクリルキーホルダーがあった。


 夏目は、思わず笑みをこぼす。


「……ありがとうございます。大切にします。」


 夏目はそう呟いて、それを自分のスクールバッグにつけた。

 ちょん、と指先でそれをつつく。夏目はふふ、と笑ってから、スクールバッグを肩にかけ、立ち上がった。


***


 夏目にキーホルダーを渡してから、二葉はダッシュで部室棟の裏まで行き、へたりこむように座った。

 まだ心臓がバクバクと音を立てている。


 いつ渡そうかとそわそわしてしまって、今日は活動に身が入らなかった。


 二葉はトートバッグの中を探る。そして、夏目にあげたものと同じキーホルダーを取り出した。


 もう一つ、自分用にと買ったもの。なぜ同じものを買ってしまったのか、二葉自身にもわからなかった。


 二葉はそれを自分のバッグの外側につけようとして、やめた。二葉は少し悩んでから、それを、バッグの内側のチャックにつけた。


 二葉はそれを見て、少しにやけてしまう。そして、なぜにやけたのかわからないまま、二葉はゆっくりと立ち上がった。

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