第2話 会議
始業式から一週間が経ち、新年ボケもだいぶ改善されてきたころ。
夏目は、ホワイトボードの前に立っていた。
部員を獲得する作戦を考えようと思い立ったのだ。
部屋の1番奥の、扉と向かい合ったところに部長机(という名のただの学習机)があり、その後ろに、ホワイトボードはある。
夏目は、ホワイトボードの前から、部室を見渡した。
誰もいない部屋。
壁全体に取り付けられた本棚の圧迫感はあるが、あまりにも寂しい。
部員がいれば、もっとましだったろうに。
……いっそ、
夏目は、目を閉じて想像する。
部室には、3人の部員がいる。
1人は、同学年の副部長。賢く、生徒会長も務めるクールな女子。
2人目は、一つ下の男子。明るく、部活のムードメーカーだ。
3人目は、こちらも一つ下の女子。とてもおとなしい子だが、同学年の男子のことを好いている。
イメージはオッケー。さぁ、始めよう。
夏目は、口を開いた。
「それでは、新年最初の会議を始める。」
返ってくることのない返事。目を開けると–当たり前のことだが–そこには誰もいなかった。
夏目は、また口を閉じる。
さらに寂しくなっただけだった。
「……うん。」
気を取り直して、この寂しさを埋めるにはどうしようかと夏目は考える。そして、ある一つの手を思いついた。
夏目は、本棚に近寄り、一冊の本を手に取った。
『太宰治 人間失格』
手に取ったその本を、ホワイトボードの目の前の机に、ブックスタンドを使って置く。
夏目は、本に向かって手を合わせた。
「太宰先生、力を貸してください。」
心なしか、太宰が物憂げに頷いたように思えた。
夏目は満足げに頷く。
そして、気を取り直して、夏目は作戦を立て始めた。
***
夏目は、顎に手を置いて、考える。
そして、キュッキュッ、と音を立てながら、作戦をボードに書き込み始めた。
『①スカウト』
夏目は、その文字を3秒見つめてから、すぐにその文字の上に赤ペンで大きな×印を書いた。
そして、その下に、
『ボツ理由……夏目にそんなコミュ力はないから。』
と書いた。自分で書いていて切なくなったが、それが私なんだと夏目は割り切る。
そして、夏目は次の案を書いた。
『②部誌の配布』
いろんな人に、チラシ代わりに部員の小説を配るという案だ。
しかし、夏目はまた、その案をボツにした。
『ボツ理由……自分の小説を不特定多数の人に配るのは恥ずかしいから。』
部誌に載るのは、夏目の小説だけ。部誌を配るのは、夏目自作の小説を配るのに同義である。それは、流石に恥ずかしかった。
そして、そこで夏目は煮詰まった。
考えること三十分。まだ案は出てこない。
疲れ果てた夏目は、『人間失格』を見つめる。そして、案3を書いた。
『③太宰治のコスプレをする。』
即×を書いた。だめだ、変なテンションになり始めている。
なんなんだよ、コスプレって。誰の需要もない。むしろドン引かれて人が遠ざかっていくだろう。夏目は、頭を抱えた。
……今日はもうやめよう。
夏目は、部長机に座り、突っ伏す。そして、眠りについた。
***
午後六時。下校時刻は、当に過ぎている。
雨宮は、文芸部部室の前に立っていた。
下校時刻は過ぎているというのに、夏目からの活動終了報告がない。下駄箱を見ると、
まだ下校していないようである。
もし、中で殺人事件が起こっていたらどうしよう、と雨宮は思った。彼は、思考が完全に物語に毒されていた。
意を決して、部室の扉を開ける。
夏目が、机に寄りかかるように倒れていた。
彼女のおさげが、首に巻き付くような形になっている。
まさか、本当にさつ
「もっとほんをくださぁい」
眠っているだけのようである。
それにしても、夢の中でも本を読んでいるのだなと、夏目の本の虫っぷりに驚きながら、夏目を起こそうと部長机に近づく。
そして、ホワイトボードの文字が目に入った。
『太宰治のコスプレをする。』
雨宮の動きが止まった。
そして、暫くしてから、ホワイトボードを静かに消す。
雨宮は、部長机を叩いた。
「夏目さん、下校時刻過ぎてるよ。」
「……はっ」
夏目は勢いよく起き上がり、そしてすぐさま雨宮に頭を下げる。
「本当にすみませんでした!すぐ帰ります!」
「寝起きでそんなに機敏に動けるのすごくない?」
夏目が、ばたばたと帰りの支度を始める。
「あ、ホワイトボード消さなきゃ!」
「あぁ、もう消しといたよ。鍵もかけとくね。」
「あ、すみません、ありがとうございます。」
夏目は、部室から出ていく直前、雨宮に向き直り、頭を下げた。
「本当にすみませんでした。」
「いえいえ。」
そして、夏目が後ろを向いた時、雨宮は言った。
「太宰治のコスプレは、やめた方がいいと思うよ。」
夏目の動きが固まる。首だけこちらを振り向いたが、顔が真っ赤だ。
「……わわわ、わかってます!」
そして、夏目は走り去っていった。
雨宮は、夏目さんをからかってしまったと、少し反省する。
そして、あんなに饒舌な夏目さんは初めて見たなと思いながら、雨宮は部室の鍵を閉めた。
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