第3話 新入部員

 終わったかも。夏目は思った。


 目の前には、5、6人の、髪を明るく染めた柄の悪そうな男子生徒たち。1人を除いて、全員嫌な笑いを浮かべている。


 そして、笑っていない1人は、むすっとした顔でそっぽを向いている。彼の手には、雑な字で書かれた入部届。


 なぜ、夏目はこの男子生徒たちに囲まれているのか。その理由は、10分前に遡る。


***


 いつも通り、夏目は小説を執筆していた。

 今日も暇だ。何か事件が起きてくれないかな––––そう思ったのが、間違いだったのかもしれない。

 いきなり、すごい音がして、部室の扉が開いた。

 夏目はビクッとして、扉の方を見る。

 そこには、前述の柄の悪そうな男子生徒たちが立っていた。


 「……なんですか。」


 夏目が言うと、1人の生徒が言った。


「こいつが、この部活に入りたいらしくって。」


 こいつ、と指を刺された少年は、髪を明るめの茶髪に染め、学校指定のブラザーを着崩している。目つきは鋭いが、どこか、柔らかい印象を感じさせた。


「俺らの中で、文芸部に入りたいという話になりまして。でも全員で押しかけたら迷惑だろうと。だから、ゲームで勝った1人だけが入部しようという話になったんです。」


 周りの男子生徒が笑いを堪えている。

 つまり、ゲームに負けた罰ゲームが文芸部への入部だったというわけだ。


 よくこんなマイナー部活を見つけ出したな、と夏目はなぜか感心する。


「というわけなんですが、いいですか?」


 そう言って、彼らは薄ら笑いを浮かべた–––。


それが、ここまでの流れである。


***


 夏目はため息をついて、立ち上がった。

 つかつかと、その、入部したいという男子に近寄る。彼は思いのほか背が高く、夏目は、彼を見上げる形となった。


 夏目は、入部届を受け取る。そこには、「二葉 律」とだけが書かれていた。


「分かりました。受理します。」


 そう夏目が言った瞬間、周りの男子生徒たちはついに笑いを堪えきれなくなり、吹き出した。


「じゃ、律のこと、よろしくお願いしまーす!!」


 そう言って、周りの男子生徒たちは去っていった。


 唐突に訪れる静寂。取り残された二葉は、ちっ、と舌打ちをして、近くにあった椅子に座った。


 夏目は、しばらくの間フリーズする。少しの間のあと、夏目は言った。


「ちょっと、入部届を顧問に出してくるので。」


 いたたまれなくなった夏目は、逃げるように部室を出た。


***


「それって、大丈夫なの?」


 雨宮が、苦々しい顔で言う。

 最初は新入部員を喜んでいた雨宮だが、経緯を聞くうちに、だんだんと険しい表情になっていった。


「まぁ、不安ではありますけど。でも、うちはほんと、そんなこと言ってられないくらい部員がいないので。」


「でも、夏目さんが困るのは嫌だよ。それに……問題起こされても困るし。」


 本音はきっと後者だろうと夏目は思ったが、特に突っ込まないでおく。


「いえ、私は別に。というか、たぶん、部活来ないでしょうし。」


 それは、入部届を受け取った時点で、ある程度予想されていた。たぶん、部活を荒らすつもりではないだろうと。


 うーん、と雨宮はうなり、天井を見上げる。しばらくしてから、雨宮は言った。


「……夏目さんが良いならいいけどさ、なんかあったら、というかなんか起きる前に言ってよ。」


「分かりました。」


 というわけで、二葉の入部が決まった。久しぶりの新入部員である。


***


 部室に戻ると、二葉は部長机に座って、何かを書いていた。夏目が部室に入っても気づいておらず、とても集中していることが伺える。

 夏目は、そっと二葉の手元の紙を覗き込んだ。そこに書かれていたのは、


「……漫画?」


 ビクッと大きく二葉の肩が跳ねる。二葉は慌てた様子で紙を裏返すと、「勝手に見んじゃねーよ!」と叫んだ。「ごめんなさい。」夏目は謝る。


 しかし、夏目は内心驚いていた。書いていた漫画は、明らかに夏目が先ほどまで書いていた小説の内容そのままだったし、あのタッチが、少女漫画のものだったのだ。


「もう、帰るから。」


 二葉が部室を出て行こうとする。夏目は、その背中に思わず、


「綺麗な絵、描くね。」


 と言った。

 二葉が、立ち止まる。そして、


「うるせー!」


 と言って、部室を出ていった。


 夏目は、声の掛け方間違ったかな、と少し反省する。しかし、もう関わることはないだろうから、と開き直った。所詮、罰ゲームで入部させられた部活だからと。


 夏目は、まさか翌週、二葉が部活に来るなんて思ってもいなかったのだった。

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