第5話 敵
放課後。
夏目が部室に行くと、二葉は部室の前に立っていた。その表情は、少し固く見える。
おかしいな、と夏目は思う。昼休みに、部室の鍵は開けておいたのに。
「二葉くん。鍵、開いてますよ」
そう言いながら二葉の横まで行き、ドアノブに手をかけたその時。
二葉が、夏目の手の上に、彼の手を重ねた。
え、と夏目は激しく動揺する。二葉を見ると、二葉は首を小さく振った。
「ど、どうしたの」
夏目は平静を装って、二葉に聞く。
「開けんな」
二葉が言う。
「中にいる」
……中にいる?え、空き巣とか?そんな金目のものはないんだけどここに。
夏目は怖くなって、ドアノブから手を離そうとした。でも、上に重ねられた二葉の手が、それを許してくれない。
心なしか二葉の手も少し震えているような気がする。
「何が、いるの」
意を決して言うと、二葉は、本当に本当に小さな声で、ひとこと、
「ジー」
と言った。
……ジー?
夏目は、さまざまな「ジー」を考える。
そして、「G」……あの昆虫のことであるということを理解した。
「……」
夏目は、ドアノブを回す。
「待て待て待て!」
二葉が慌てて、力ずくでドアノブを元に戻す。
「だって、ゴキですよ?」
拍子抜けして二葉の顔を見ると、二葉は少し顔を赤らめてそっぽを向く。
「ゴキが苦手で悪いかよ」
「悪いとは言っていません。でも、このままでは部活動に支障が出ます」
そう言うと二葉は、何も言わなくなった。 もしかして、部活に支障が出るのが嫌なのか…?そんな考えを夏目はとりあえず脳内から削除する。
「とりあえず、やめとけ」
「わかりました」
二葉は、それを聞いてほっと息をつく。
その瞬間。
夏目は、二葉の隙をついてドアを開けた。
二葉は少し遅れて止めに入ろうとしたが、時すでに遅し。
正直、夏目も奴は苦手であったが、横に自分よりビビっている人がいると、なぜか逆に落ち着くものだ。
大丈夫、大丈夫……
夏目はそう自分に言い聞かせながら、ドアが開ける。
思いのほか目の前にいた。
夏目は、反射でドアを閉める。
「……ムリですね。」
「だろ⁉︎」
そのとき。
「二人ともそこで何してんの?」
そう声をかけたのは顧問の雨宮だった。
「早く入りなよ」
夏目と二葉は顔を見合わせ、そして先生を見つめた。
「「……先生!なんとかしてください!」」
***
結局、奴は雨宮によって部室から姿を消した。
雨宮に事情を話すとものすごく呆れられたが、仕方ない、私は私なのだから……と夏目は自分を慰めた。
そうして、15分遅れで部活はスタートした。
「……もういないよな」
「さあ」
夏目が言うと、二葉の顔がビクッとこわばる。
そんな彼を見ながら、夏目は、もう二度とこんなことがありませんように……と願う。
そして、もう少し掃除をこまめにしようと、夏目は心の中で誓った。
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