第4話 再来
人々がバレンタインに沸き立つ中。
夏目は憂鬱な気持ちで部室にいた。
別に、バレンタインという行事に辟易しているわけではない。
ただ、今日来るであろう新入部員をどう迎えようかと、悩んでいるのだ。
***
熱にうなされる中、他クラスの数少ない友人の1人から送られてきたLINE。夏目は、霞む目を凝らして、トーク画面を開く。
『文芸部の部室の前でチャラそうな男子がウロウロしてるけど大丈夫そ?』
え、と夏目は声を洩らす。
1人の男子の顔が、夏目の脳内にちらついた。
……まさか、二葉律が部活に来たというのか。
夏目は、がばっと布団から起き上がり、首を傾げる。
なぜだ。罰ゲームで嫌々入ったのではないのか。
仲間に無理やり連れてこられたのか、それとも……
夏目は、ぐるぐる考えて、そのまま寝られなくなってしまう。結果、インフルエンザを拗らせてしまったのだった。
***
そして、今日。
たぶん、彼は来る。
正直、何を話せばいいのかわからない。
文芸部に入った理由?……はわかりきっている。
漫画の話?……いや、彼にとって漫画の話は地雷だろう。
好きなタイプは?……なぜ二葉と恋バナをするのか。
「なにも、思いつかない……」
どうすれば、と夏目が頭を抱えていた時。
キィー、と音がして、扉が開いた。
入ってきたのは、明るい髪色の男子。
二葉だった。
夏目は慌てて、何か言おうとする。
「こ、こんにちは……」
結局出たのは、あまりにも頼りない声。
「……うっす。」
帰ってきたのも、消えそうなほど小さな声だった。
沈黙が、場を支配する。
二葉が、夏目より、少し離れた場所に座る。そして、俯く。
……気まずい。
部長として何か話さなければとは思うのだが、夏目には、コミュ力というものがなかった。
困り果てた夏目が、本に逃げようとしたその時、
「あの、」
二葉が、恐る恐る、といった風に声を出した。
はい、と言った声がうわずって、夏目はとても申し訳ない気持ちになる。
ゆっくりと顔を上げると、二葉は、下を俯いたままだった。
「漫画、描いてもいいか。」
夏目は、先々週見た、彼の漫画のことを思い出す。そして、少し悩んだ末、一言、答えた。
「いいですよ。」
夏目の学校には、漫研がない。それなら、文芸部で漫画を描いていてもいいのではと、夏目は思った。漫画も、広義の文芸である。
それを聞いた二葉は、一瞬目を輝かせた……ように見えたが、すぐにいつも通りの、何かを威嚇しているような、鋭い目つきに変わった。
そして、二葉は、自分の筆箱と、紙を取り出し、何かを描き始めた。
夏目は、その紙を覗き込みたい誘惑に駆られたが、思いとどまる。二葉が、嫌がると思ったから。
静かな、静かな、2人の空間。静かなのはいつものことのはずなのに、夏目は、なんだかそわそわして仕方なかった。
***
下校のチャイムが鳴る少し前に、二葉は荷物をまとめ、逃げるように部室を出ていった。
「じゃあ、また。」
二葉がそう言って扉を閉めるのと、夏目が読んでいた本を落とすのが同時だった。
じゃあ、また–––––しばらく聞いていなかった言葉に、夏目は動揺する。そして、その言葉を噛み締める。
少し、来週が楽しみな気がする。そんな自分の思いにびっくりして、夏目は首を振った。
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