第7話 願い・後編

「やめてよ!」


 二葉が部室の前に来た時、中からそう聞こえた。


 二葉は慌てて部室に駆け込む。


 部室の中は、地獄のようだった。

 散乱した物に、倒された机。

 そして部室の真ん中の方では、一人が原稿用紙に手をかけていて、夏目がそれに必死に手を伸ばしている。


「おい!」


 二葉は叫んで、何も考えずに駆け出す。


 そして、その原稿用紙を持つ手を掴んだ。


「二葉くん…!」


 夏目の、怯えたような、泣きそうな声が聞こえる。


「何、やってんだよ。」


 二葉が低い声で言うと、机の上を荒らしていたボス格の男が手をとめた。

 そして、嫌な笑みを浮かべながら二葉へと近づく。


「お前の付き合いが悪いからだよ、なぁ?」


 そう言うと、彼は夏目の手を掴んでいる男に「離してやれ」と言った。


 言われた男は夏目を突き飛ばすようにしてその手を話す。


「きゃっ!」


「先輩!」


 飛ばされたその細い体を、二葉は受け止めた。


「大丈夫か。」


「はい、なんとか……。」


 二葉は夏目の無事を確認すると、彼らをぎっと睨む。


「にらむなよぉ二葉、悪いのは全部お前なのに。」


 その言葉に、二葉は言葉を失った。


「だってお前の付き合いが最近悪いから、こうやってわからせてやろうとしてるんだよ。こんな部活に通ってなぁ?てことは、これもぜーんぶ、お前のせいだよなぁ?」


 二葉は、何も言えなかった。自分のせいだと、自分を責めてしまっていたから。


***


 元来、二葉はこのように荒れた人間ではない。

 大人しく、心優しい少年だった。


 姉の影響で少女漫画にはまり、自分でも描くようになるのも、当然の流れだ。


 それを、クラスのいじめっ子に見られたのが、運の尽きだった。


 彼は、自身の好きなものも、性格も、全てを否定された。

 だから、彼なりの精一杯の強がりで、不良グループとつるんでいた。


 そんななかで、彼の好きなものを受け入れてくれたのが、夏目だった。

 夏目は、二葉が漫画を描くことを馬鹿にしなかった。


 彼にとって、それはとても嬉しいことだったのだ。

 罰ゲームで入った文芸部に通うようになっていったのも、必然だった。


***


 二葉の手は、震えていた。

 自分と、夏目にとって大切な場所。それが、自分のせいで壊されている。


 二葉の中の弱い面が顔を出す。二葉は、泣きそうになってしまった。


 二葉は、それをぐっと堪える。

 泣いたら、彼らを喜ばせるのはわかっていた。


 その時だった。


「いい加減にしてください!」


 夏目が叫んだのは。


「責任転嫁しないでください!今回の件は100%あなたたちが悪いです!」


 夏目の体が震えている。


「二葉くんは、うちの部員です!彼の活動状況に口出ししないでいただきたい!」


「……あぁ?」


 男の顔が険しくなる。


「あ?部員が部員なら部長も部長だなぁ!」


 そう言って、彼は言った。


「わからせてやるよ。」


 そして、彼の拳が振り上げられる。


 二葉はとっさに夏目を庇うように立ち、夏目を上から覆うように抱きしめる。


 二葉は、ぎゅっと目を瞑る。殴られるまでの時間が、酷く長く感じられた。


「何やってるんだ!」


 そのとき、大きな声が部室に響いた。


 二葉が恐る恐る目を開けると、顧問の雨宮がそこに立っていた。


「君たち……止まりなさい!」


***


 結局、部室に乱入してきた彼らは、雨宮に連れられて行った。

 やはり、財布の盗難騒ぎも彼らが仕組んだものらしかった。


 彼らが去ったあと、荒れた部室に、二葉と夏目だけが取り残された。


「片付けましょうか。」


 そう言って床に落ちたものを拾い始める夏目を、二葉は静かに見つめていた。


「俺……部活やめる。」


 二葉がそう言った瞬間、夏目が凄い勢いで二葉の方に振り向いた。


「だからあなたのせいではないでしょうって!」


 二葉はその言葉にでも、と言ったが、夏目に口を塞がれた。


「あなたが私のこと嫌いとか、おばあさまの介護しなくてはならないとか、そう言う特殊な事情があれば話は別ですが、責任を取って辞めようとしているのなら、ダサいのでやめてください。」


 それに、と夏目は言って、顔を少し赤らめる。


「一人で部活というものは……寂しい、ですから。」


 その顔に、言葉に、二葉の心臓の鼓動が早くなる。

 彼は思わず顔を背けた。


 しばらくの沈黙。二葉はそれを破るように言った。


「……片付けるぞ。」


「……はい。」


 そして、また無言の時間が続く。それを気まずいものと思わなかったのは、夏目も二葉も同じだった。

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