第6話 本棚

 夏目は、部室の本棚の前に立っていた。


 今日返されたテスト結果を破り捨てたい衝動に駆られたため、心を鎮めようと背表紙をひたすら見つめているのである。


 じっと背表紙たちを見つめ……夏目は「あ」と声を洩らした。

 壁いっぱいの本棚の、1番上の段。そこに、去年無くしたと思っていた夏目の私物の『舞姫』があったからだ。


 こんなところにあったのか、そう思いながら、夏目はこれを無くした時のことを思い出す。

 そういえばこれ、先輩に貸して、そのまま返ってこなかったような……。

 さしずめ、借りた『舞姫』を文芸部のものと思い込み、本棚に入れてしまったのだろう。


 夏目は呆れたようにため息をついて、部室の端から踏み台を持ってくる。

 その上に乗って、『舞姫』に手を伸ばし、引き抜こうとする。


「……っ」


 固くて抜けなかった。

 夏目は体重を後ろにかけて目一杯引く。


 そのとき。

 すぽん、とすごい勢いで本が抜けた。


「きゃっ!」


***


 文芸部の部室の前に立つ、一人の男子生徒。

 文芸部の新入部員、二葉律である。

 もとは罰ゲームで入部させられたのだが、結局なぜか毎週部活に来ている。

 自分でも何故かよくわからないのだが。


 しかし毎回、部室に入るのはためらってしまう。


「……よし。」

 

 意を決してドアノブに手を伸ばした、そのとき。


「きゃっ!」

 ドンガラカッシャーン


 悲鳴と、何かが倒れる音が部室の中から聞こえた。


 二葉は慌てて扉を開ける。

 そこには、床に尻もちをつき顔を歪める夏目と、周りに散乱する大量の本があった。


「おい、大丈夫か⁉︎」


 二葉はびっくりして夏目に駆け寄る。


「痛っ……」


 夏目がうめく。


「何があったんだよ!」


「……本を取ろうとしたら、踏み台から落ちてしまって。」


 すみません、と夏目は呟く。


「怪我は、ないか。」


「手を少し擦りむいてしまったようですが、大丈夫です。」


 そう言って夏目が見せた手のひらには、痛々しい傷ができている。


 それを見た二葉はポケットから絆創膏を出し、


「使えよ。」


 と言った。

 夏目は目を丸くする。二葉は少し恥ずかしくなって、


「ケンカするとよく怪我すんだよ。」


 と言った。夏目は、それにくすりと笑ってから、


「ありがとうございます。」


 と微笑む。


「……っ!」


 二葉は、顔を少し赤らめて、そっぽを向く。

 そして、小さく言った。


「……それ終わったら、片付けするぞ。」


「……はい。」


***


 同じ頃、校舎裏にて。


 五人の男子生徒が集まっている。


「あいつ、最近付き合い悪くね?」


「なんだっけ、文芸部?にも通ってさ、いい子ぶってんじゃねーよ!」


「いや、あの部長に惚れちまったんじゃねえの?」


 そう言って五人は下品に笑う。


「……ちょっとわからせてやんなーとな。」

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