第26話 1日目———開催前のおはなし

 文芸部が文化祭に参加する、そんな時の一番の問題点は、


「人手が足りねぇ!」


「ちょっと二葉くん、口が悪いです」


 人手が足りないことだった。

 部員は五人。そのうち、入口と出口に一人ずつ配置するとなると、二人は必ずいなくてはならない。

 文化祭は9:00〜17:00まででそれが二日間あるので、計十六時間。

 つまり。


「単純計算で一人6.4時間ここにいることになりますね……たぶん」


「そんな不安そうな目で見られても俺もわからねぇよ」


 まあ、計算が正しいかなんておいといて。


「文化祭の三分の一はここにいることになりますね」


「まじかよ……」


 夏目の絶望的な言葉に、二葉はため息をつく。


「すみません、来年は頑張って部員増やしてください」


「来年……先輩、もういないのか」


「まあ文化祭には来ますけど。基本は今年で引退ですね」


「そうか」


 二葉の顔が少し曇ったように、夏目には見えた。


「やっぱり、寂しいですね……文芸部にはなんだかんだ五年間いましたし、特に部長になってからは……いろいろあったので」


「……悪かったな」


「二葉くんを責めているわけじゃないです。いろいろっていうのは、ポジティブな方。文芸部、ずっと一人の時期と二人の時期を繰り返していたので」


 二葉くんが入ってくれて、嬉しかったんですよ、夏目は微笑んだ。


 二葉は、照れくさそうにそっぽを向いて、口を少しモゴモゴさせたあと、言った。


「先輩……!」


「はい?」


「あの、今日の文化祭、」


 キーンコーンカーンコーン


『文化祭会場まで、あと五分となりました。生徒の皆さんは、お客様を迎えられるように準備をしてください』


 タイミングのよすぎるチャイムに、二人の会話が途切れる。


「……すみません、どうしましたか?」


「……なんでもねえ」


「そうですか」


 そして、二人は黙々と準備を進める。すると、


「あっ」


「どうした?」


「部誌を部室に置いてきてしまいました、取ってきます」


「俺が行く、先輩はここに残って来る人の対応してろ」


 夏目に有無を言わせず、二葉は文芸部のブースを飛び出した。

 誰もいない廊下を全力でダッシュして、部室棟へと走る。


 部室に入り、扉を閉めると、二葉はうう、と地べたにへたりこんだ。


『先輩、誘えなかった……』


 夏目と一緒に文化祭を周りたい。そう急に思い立ったのは、今朝、起きてからのことだった。

 なんでかはわからない……けど、もうすぐ引退してしまう先輩との思い出づくりがしたいんだなと、二葉の中では結論づけていた。


「んなことより、部誌、部誌……」


 二葉ははっと我に返って、小道具に使った段ボールのはぎれをごそごそすると、その下に、箱に入った部誌が埋まっていた。


「これか」


 二葉はそれを持ち上げ、また来た道をかけ戻る。


 なんとか開場には間に合った。

 ほっとしながら文芸部のブースの扉に手をかけた時、


「夏目先輩!」


 と中から声が聞こえた。

 少し高く、かわいらしく、でもどこか堅い声。中原空だ。


「今日の文化祭、一緒に回ってくれませんか⁉︎」


 二葉は、扉に手をかけたまま動きを止める。


「……はい、いいですよ」


 そう言う夏目の声は、どこか嬉しそうにも聞こえて。


 「……っ!」


 二葉は箱を抱えたまま、声を押し殺した。

 

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