SS4 桜

 これは、夏目が文芸部に入る、ずっと前のおはなし。


「ねぇ、雨宮くん」


 可愛らしい声が、二人きりの部室に響く。


「なんだよ」


「桜、咲いてるね」


 その声の持ち主は、そう微笑むと、窓を思い切り開ける。


「おいやめろ、俺は花粉症なんだ……」


「えぇ、でも、綺麗だよ?」


 そう言って少女が指差した先には、満開の桜。

 陽の光に照らされて、彼女の薄茶色の髪が、透きとおっている。


「……」


「ね、綺麗でしょ?」


「……まあな」


「わーい、認めてくれたー」


「別にお前を認めたわけじゃない」


「けち」


 彼女は少し唇を尖らせてから、いつも通りの表情に戻って、あのさ、とつぶやく。


「私、桜が好きなんだよね」


「へぇ」


「そうだ、桜といえばさ」


 とわざとらしく言って、彼女はポケットの中を探る。


「これ、雨宮くんに渡そうと思ってたんだ。」


 彼女はそう言って何かを雨宮の手の上に載せる。

 見ると、それは桃色の細長い紐だった。


「これ、ただのピンクじゃなくて桜色なんだよ。危うく渡すの忘れるとこだったー、桜で思い出した」


「絶対わざと桜見せただろ……この流れに持ってくために」


「へへ、ばれたか」


「で、これなんなんだよ」


 そう雨宮が聞くと、彼女は一呼吸おいて、言った。


「栞の紐」


「栞?」


「そう」


 彼女は、にこり、と笑う。


「桜色の、栞紐」


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