第18話 踊り場

 昼休み。


「中島さーん」


 そう言って彼女の教室に顔を覗かせたのは、中原である。


 中島は、友達との談笑をやめ、振り返った。そして、怪訝な顔をする。


 ごめんちょっと、と中島が席を立つと、なになに彼氏ー?と周りが冷やかす。違うよー、と愛想を振り撒くような笑顔で否定してから、彼女は中原のもとへかけよる。


 そして、彼の手首を掴むとそのまま引っ張っていき、人のいない屋上への階段の踊り場へと連れて行った。


「なによ、手短にね」


 そういう彼女の顔は不機嫌そうである。


「いやー、部活に来てほしくって」


「……そんなことだろうとは思った。言っとくけど、行くつもりないから」


 そう言って、彼女は階段を降りていく。


「陸上の選手だったんだって?」


 その言葉に、彼女は歩みを止めた。


「でも、怪我で続けられなくなった」


 中島が中原の方を振り向く。すると、中島の険しい表情に、彼は慌てたような顔になった。


「ごめん、怒らせるつもりじゃなかった。でも、それで部活に行く意味なんてないって思ったら、もったいないんじゃない?」


 彼は優しい笑みを浮かべて、ゆっくりと中島に近づく。


「べっに、文芸部で楽しんでも、陸上をやってきたってことを裏切るわけじゃないんだし。そりゃ、最初はつまらないかもしれないけどさ、やってみたら意外と楽しいかもしれないじゃん」


 ね、と彼は屈託のない笑顔を見せる。


 中島は、はっと虚をつかれたような顔をして、俯いた。


 確かに、小学校までは陸上をしていた。でも、最後の大会で、彼女は怪我をした。

 もう、選手には戻れなかった。


 中学に入っても、陸上以外のことをする気にはなれなかった。陸上以上に楽しいものなんてないと思っていたから。


 だから、なにもせず……何にも打ち込まず、6年間を過ごそうと思っていたのに。


 でも、こんなこと言われたら。


 こんな顔、されたら。


「……わかった、とりあえず、行く」


 ほんと!と中原の顔がぱあっと輝く。


 その顔を見て、中島は思った。こいつは、単純で、素直な奴だなと。


「てか、あんたも来てなかったんでしょ、部活」


「まあ、それは色々考えがありまして……」


「なにそれ」


「まあ、そんなのはどうでもいいの!ほら、友達待ってるでしょ、教室戻ったら?」


 そう中原が言うと、中島は、じゃあ、と階段を降りていく。


 じゃああとでねー!と言う中原の声に、中島はふふ、と微笑んだ。


***


 中島を見届けると、中原ははぁ、と大きく息を吐いた。そして、よっしゃ、とガッツポーズをする。

 中島も来てくれそうだ。これで、出席率は100%。そしたら、


「夏目先輩、喜んでくれるよね」


 そう呟いて、中原はふふ、と笑った。


***


 中原が、夏目の話を聞いたのは、4月、入学から2日目のことだった。


 学校探検、ということで高一の先輩とペアを組み、文芸部の前を通りかかった時、先輩が、文芸部で起こった事件を話してくれたのだ。

 彼はとある先生と仲が良いらしく、何がおきたかを詳細に知っていた。


 そのとき、中原は思った。


 夏目先輩、かっこいい。


 不良たちに毅然と立ち向かった彼女に、会ってもいないのに、惹かれた。


 そして、文芸部に入部した。


 二葉に言った話も全部フェイクである。


 二葉は、中原にとっては恋敵だ。他に好きな人がいると見せかけておくことで、油断させることができる。


 信ぴょう性が高まると思い部活もわざとさぼったが、その間夏目に会えないのは辛いものだった。


 そして、夏目のために、このように中島に手を回したのである。


***


 そして、放課後。


 夏目、二葉、中原、種田の四人で談笑していると、部室のドアが開き、そこには、中島が立っていた。


「中島さん⁉︎」


「……この前はあんなこと言ってすみませんでした!」


 そう言って、中島は頭を下げる。


「いえ……私もかっとなってしまいました」


 夏目も、頭を下げる。

 しばらくしてから、夏目は聞いた。


「なんで急に?」


「……中原に、言われたので」


 一斉に、視線が中原に集中する。


「ありがとうございます、中原くん」


「いえ」


 なんでもないふうに言うと、中原は俯いて、にやりと笑った。

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