第27話 Encounter with ……

 ──善は急げ。そんな隣国のことわざに従い、ネルとイスカは移動を開始した。


 目指すは東。エアルトス王国とマウロ聖皇国とを縦に分かつ河川。


 そこを越える勢いで『何者か』が進んでいる。


 その狙いは魔女か国か。いずれにせよ、成すべきことは変わらない。


 人間が住む居住区を何がなんでも守り通す。そのためにも──、


「ここで食い止めてやろうじゃん……!」


 そう意気込み、気持ちを昂らせるイスカ。


 その決意表明は、己の命さえ厭わない危うさを孕んでいた。本人ですら気付かぬうちに。




 一方でイスカに追従していたネルは、彼女の様子がどこかおかしいことに気付き始める。


「イスカ…………」


 肩に変な力が入っているようで呼吸も浅い。これでは実力を発揮することもままならないのではないか。


 そんな不安は、すぐに霧散した。


 全速力の飛翔で森を抜けた先に見つけた、一人の少女。


 その身には己の潔白を示すが如き純白の法衣。


 しかし、ネルには分かる。あの少女が紛れもなくだということが。


 一体彼女は何者で、どのような目的を持っているのか。


「────、ッ!」


 得体の知れなさにネルが唾を飲む刹那、太陽の輝きを湛えた瞳と目が合った。数キロ離れているにも関わらず、だ。


 ただの錯覚とは思えない。少女はこちらの全体像をぼんやり見ているのではなく、目を見ている。


 硬直。まるで蛇に睨まれた蛙のように身体がこわばるのを感じた。


 ──そして。


「第一階位・【穿光センコウ】」


 無感情に、無機質に。白き少女の口が魔法を紡ぐ。


「うそ、あの詠唱は──」


「魔女ってわけ!?」


 ネルとイスカが少女の正体に気付いた直後。無数の魔法陣が現れ、光槍が射出される。


 明瞭たる殺意を以って発動した魔法の槍は、しかし二人の魔女をかすりもしない。


 が、その代わりに周囲の木々が焼け跡を残してネルとイスカの姿を晒した。


「威嚇のつもり? 面白いじゃん!」


「待っ、イス……もう!」


 相手のはっきりとした目的も分からぬまま、売られた喧嘩を買いに嬉々として飛び出したイスカ。


 それを引き留めようとするが間に合わず、ネルも仕方無く出ることにする。


「第二階位・【歩我フワ雷童ライドウ】──!」


 黒いいかづちをその身に纏わせ特攻を仕掛けるイスカ。


 禍々しい輝きにネルの目が眩む。


 今のイスカは雷そのものだ。追い風を操るネルをしてそう思わせるほど、速い。


 脚で地を駆けているにも関わらず、ここへ来るまでの飛行よりも遥かに。


「痺れろっての!」


「無理です」


 イスカの掌底が繰り出される瞬間、拒絶と共に白魔女の姿


「──っ、幻!? いや後ろっ!」


 戸惑い。しかし、素早い判断でネルの方を向く。


 イスカの言葉通り、ネルは背後から気配を感じ取った。白魔女のものだ。


 急ぎ、反撃のために振り返る。


「間に合わないでしょう」


 ネルの背後、白魔女が囁いた。


 確かに彼女の言う通り間に合わないだろう。普通の魔女であれば。


 しかし、〈疾風はやての魔女〉は特別だ。


 なぜなら──


「えぇぇぇぇぇいっ!!」


 喉を潰す覚悟でネルが叫ぶ。


 叫びながら、両腕を横に薙ぎ払った。


 目の前には天秤を背負い、剣を手にした白い魔女。


 とはいえ、敗北を悟ったネルが自暴自棄になったというわけではない。


 むしろその逆。彼女は冷静に最善手を選んだ。


 つまり、──!


 そのような暴挙に出ることを予想できたのは、この場でイスカのみ。


 なぜなら、ネルが魔法の詠唱を省略できることを白魔女は知らないからだ。


 言ってしまえば、それだけ。たったそれだけの情報不足が、白魔女を彼方へ吹き飛ばす。


 ──はずだった。


 もう一人、埒外の乱入者が現れなければ。


「誰、あれ……」


 ネルが見上げる上空。


 そこにいたのは、妖精族の証たる半透明な羽を生やした軽装の少女。右手に大鎌を持ち、左手で風から攫った白魔女を抱えている。


 その魔族と思しき少女はネル達を一瞥すると、


「着いてってよかったぁ。一人じゃ大変そうだし、私も手伝うよぉ」


「……ええ、是非お願いします」


 短いやり取りを交えつつ、魔族の少女とその手から離れた魔女リコが地に降り立った。


 そして、リコは剣を、名乗りを上げない魔族は翼を消して鎌をそれぞれ構える。


「仕切り直しといきましょう」


「足、引っ張らないでよねぇ」


 あまり緊張感が見られないが、双方ともに危険な目つきをしている。


『ただ殺す』


 そんな意思が込められた瞳。ネル達を標的と見なし、敵とすら思っていないようだ。


 一体幾ら殺せばこのような顔つきになるのか、ネルには分からない。


 唯一分かるのは、これが絶対に負けられない戦いだということだけ。


 故に全力で臨む。手加減なんてできない。


 神界で見守っているボロムスとレアヌス。何より、共に戦う相棒のために。


「気張るよ、イスカ!」


「上等! やってやるし!」


 それぞれが何らかの思いや使命に駆られ、戦いを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る