第7話 先見
ガルガムからも聞かされていない単語に、ナバルは眉をひそめる。
少年──エルンの言い方からして魔族の精鋭部隊だろうか。
だとしたら国の要たるレオンをここに置いておけない。安全な場所まで逃げてもらう必要がある。
ナバルはそう判断を下し、杖を構え、
「国王方、ここを離れた方がいい」
「しかし魔女殿、貴女を一人にする訳には……」
「私の言葉は神の言葉。それが聞けない、と」
なかなか引き下がらないレオンに、ナバルは少し語気を強めて言い放った。
「む、そう言われては敵わんな……。申し訳ないが、頼んだ」
逃げろと言われなければ参戦するつもりだったのだろうか。レオンは渋々といった様子でナバルに背を向け、護衛と共に街へ逃げていく。
「……さて。逃がした私が言うのもなんだが、追わなくていいのか?」
「ハッ! あんな奴ら、〈錬魔十騎〉の僕ならいつでも
強者の余裕というものだろうか、彼の表情は自信に満ちていた。
しかし、その一方でナバルには怒りが向けられていた。貶されたのが余程癪に障ったと見える。
激情は思考を短絡化し、判断力を鈍らせる枷でしかない。それが分かっているからこそ、ナバルはあえて挑発したのだ。
「僕を怒らせたこと、後悔するんだな!」
怒号と共に距離を詰めてきたエルンが、逆手に持ったナイフを振り回す。
感情任せで大振りな連撃。ナバルはそれを的確に見切り、受け止め、弾く。
おそらく我流の闘法。しかし脅威と呼べる程ではなかった。
通常では予測のできない動きでも、予備動作が大きければ意味が無いのだから。
「なんで……なんで! なんでだッ!」
幾度となく攻撃をいなされるエルンの表情から徐々に怒りが消え、焦燥が表れてくる。
しかし、ナバルは油断しない。
いくらこの魔族が〈錬魔十騎〉などという精鋭とはいえ、単身で乗り込んでくるなど有り得ないからだ。
それに、先程から攻撃の合間に街の方を見ているのも気になる。
確信があった。彼は、きっと何か策を残していると。
「はぁ……ッ、ところでさぁ」
体力を消耗しかけていたエルンが後退し、語りかけてくる。
──来るか、策の開示。
「今アンタの背後にある街、攻撃されてるぞ」
「────ッ」
ハッタリの可能性を真っ先に切り捨て、振り返るナバル。
その行動は防壁の内側から聴こえてきた破壊音によって答え合わせがなされた。
「なあ、どうしてこうなってるか分かるか? 僕が囮をやってる間、下僕達に地中から進軍してもらったのさ」
「……なるほど。地中からであれば防壁に阻まれることなく侵攻できると考えたのか」
それだけではない。掘削後の通路を利用して、他の部隊が攻めて来れるようになってしまう。
「でも、逃げた王様や住民共が侵入された事に気付くのは死体の軍団が街中に現れた時ってわけさ! どうだ、驚いただろう?」
「……見事だ。確かに、貴様は私の予想の斜め上を行ったよ」
おちょくってくるエルンに、ナバルは落ち着き払った態度でそう答えた。
その余裕ぶりに違和感を抱いたのか、エルンは怪訝そうな視線をナバルに向ける。どうやら腹の底を見抜いたようだ。
ここでわざとらしくナバルもおどけて見せる。
「どうした。素直に褒めてやったんだ。もう少し喜ぶがいい」
「……そっちこそもう少し正直になれよ。何か隠してるんだろ」
「その通りだ」
誤魔化すこともせずに頷き、唇をふっと弛める。
今更バレたところでこちらが不利になることはない。状況は、既にそう言い切れるところまで来ていた。
◇
──これまで万の敵兵の進軍を阻んできた大石壁に囲われた街、イラルド。
一度は訪れるべき商業の聖地であり、その存在を知らない商人はいない。
そのためイラルドは、常に大きな賑わいを見せている。
しかし今この時に限っては、客の呼び込みをしている活動的な商人も、珍品に目を光らせる住民の姿も無い。
その代わりに『動く屍』が街中を
万騎通さぬ大石壁の栄光を汚し、街を徹底的に破壊するために。
「壊セ!」
「ゼンブ! ゼンブ!」
「俺達ノ怒リヲ思イ知ラセテヤル!」
憎悪の交じった怒号と共に、屍達が綺麗な街並みに傷を負わせていく。
筋肉質な彼は剛腕で。
細身な彼女は光線で。
爬虫類頭の者は火の吐息で。
人の住処を地獄に変えんとする不届き者共の暴挙はしかし、長続きすることはなかった。なんの前触れもなく地面を突き破って、幾つもの剣の柱が築かれる。
「ガ、ァァァッ!」
屍の悉くを串刺しにした大地の剣は、その断末魔を聞くと何事も無かったかのように消えていった。
なぜか隆起したはずの地面にはヒビひとつ残っていない。
──全てが、一瞬のうちに起きた。まるで幻覚。もしくは神の一助。
正解は後者。ただ、もっと正確に言うと手を下したのは神そのものではない。
大地神ガルガムの代行者。与えられた称号は〈
一代目ナバル・ガルガムの秘技によって生み出されし、三人のナバル・ガルガムだった。
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