第6話 獣人の国へ
──ナバルは今、人間界のとある国を目指していた。
北東に位置する大陸の全土を保有する大国、ビィステリア。獣人と呼ばれる、獣の特徴を持つ人間が暮らす国である。
彼らも厳密には魔族であることに変わりない。が、他種族と比べてヒトと密接な関係を太古から築いていた。
また人類撲滅には反対、非難の姿勢を取っているため、ヒトと同じく保護の対象でもある。
なぜナバルがビィステリアに向かっているのか。その理由は一つ。
復讐という大義名分の元に行われる魔族の侵略。それが本格的に始まろうとしているのだ。
予測より行動が早かったが、問題は無い。策は練った。研鑽もそれなりに積んだつもりだった。
それに万が一失敗したところで──、
「いや。何を考えているんだ、私は……」
ふと、あってはならない心構えが顔を出す。ナバルは思考を遮るように首を振った。
きっとそれは神々の誰もが持ち、口に出せずにいる腹案。倫理に悖るがゆえに。
ならば、それを前提に物事を進めるのは悪だ。
それに、そのようなことを考えていたとなればガルガムから何と言われるだろうか。
危険思想と認定され、存在を消されてしまう可能性だってあるかもしれない。それだけは何としても避けたかった。
──折角手に入れた命、それをむざむざ捨てようとは思わない。
「……あれか」
背中まで伸びた茶髪と漆黒のローブを風に遊ばせながら飛行していたナバルは、防波堤を越えたところで一つの街を見つけた。
真っ先に目についたのは都全体を囲う巨大な石の壁。この街の象徴とも言える防壁で、〈万騎通さぬ大石壁〉と呼ばれている。
他国からの侵攻を妨げるために数世代前の国王が造らせたのがこの防壁だ。
その守りは堅く、いくつかの砲台が海を向いている。
「……しかし、それでもな」
今まで如何なる敵も攻め入ることができなかったというのは実に頼もしいことだが、それが魔族にどこまで通用するか。
未だ未知数な魔族の実力。恐ろしくないといえば嘘になる。
それでもやるしかないのだ。ガルガムの期待に応えるために。
◇
門前に到着すると、数人の獣人がナバルを出迎えた。
黄金の鎧を纏った王と思しき獅子獣人を囲うようにして、武装した集団が守護している。
ナバルが近寄ると護衛の獣人達は静かに
「偉大なる大地神の御子よ、貴女の到着を心よりお待ちしておりましたぞ!」
「我々の要請を受けていただいたこと、心より感謝する。獣王グラハム」
「いやっ、礼を言うのはこちらの方ですとも! こうして救いの手を差し伸べてくださるのも、毎日欠かさず大地神様に祈りを捧げていたからでしょうなぁ!」
上機嫌に語ると、獣王は大口を開けて笑った。大きな声といい、豪快な性格のようだ。
「……それと、グラハムと言えば先々代のことですな」
「む、そうだったのか。それはすまない。名を伺おう」
「はっ。私はビィステリア王国第三十五代国王、レオン・クラウス・ヴェスティーツァ。以後お見知り置きを!」
その堂々とした立ち振る舞いは、実に好感の持てるものだった。彼はきっと、民を導く良き王になれるだろう。
ナバルがそんなことを考えていると、レオンの表情は途端に真剣なものになった。
先程とは異なり、口を小さく開けて話しかけてくる。
「ところで魔女ナバル、お気付きですかな……?」
「ああ。先程から、何者かがこちらを狙っているな」
ナバルの言葉に護衛集団が厳戒態勢を取る。素早い判断だ。
素直に感心しつつ、自身もガルガムから授けられた杖を召喚する。
「地杖・サルトマイズ」
ナバルの右手に光が収束し、茶色い宝石が嵌め込まれた魔杖が現れた。
杖が手に収まったのを確認し、次の一手を思案する。
──さあ、どう動く?
こちらを狙う何者かの殺気は常にひしひしと感じられる。
しかし、眼球運動だけでは何者かすら把握できない。
かと言って下手に動くのも危険だ。ナバルが振り向いた瞬間、レオンが飛び道具などで殺されてしまう可能性だってある。
最優先すべきは、敵の位置を把握すること。
──面倒だ。挑発して引きずり出す。
「魔族の手先よ、この場にいるのだろう! 存在を気取られるとは貴様、三流以下か! それとも隠れたまま出てこれない小心者か! ヒトを滅ぼすなどと大口を叩いておきながら、所詮は篭もりというわけだな!」
したことのない不敵な笑みを浮かべながら、思いつく限り相手を貶してみせる。
その一方で心は平坦だ。どこから攻撃が来ても対処できるように精神を研ぎ澄まし、奇襲に備える。
「! そこ!」
ナバルの命を狙った『何か』が向かう先──自身の背後に素早く上半身を向け、杖の芯で受け止めて軌道をずらす。
弾かれたそれは金属音を立てて地面に落ちた。見たところ、刃に毒を塗ったナイフのようだ。
それの飛んできた方向に目を向けると、停留している船の船頭から、今まで居なかった何者かの姿が映る。
「クソッ、弾かれた!」
艶のない黒髪と、性格の悪さを示しているかのように吊り上がった瞳。少年の姿をした魔族と思しき人物は、血色が悪いながらも整った顔を憤怒に染めながら悪態をつく。
「おい、さっきは随分馬鹿にしてくれたな! 僕が三流以下の小心者だとか言ってくれちゃってさぁ!」
「なんだ、違うのか?」
ナバルが至極真面目な表情で問うと、少年の怒りは絶頂に達したようだ。彼は腰の毒ナイフを逆手に持ち、前に構える。
「さっきから黙って聞いてりゃ、ッざッけんなよ! これでも〈
「〈錬魔、十騎〉……?」
「知らないなら名乗ってやる! ──僕はエルン・ノーハート。魔王様より【
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