第8話 欺き

「地中からの奇襲だったとは」


「予想外と言わざるを得ないな」


「それにしても敵の数はこれだけか」


 同じ顔をした魔女達が、あちこちに転がっている屍を見つめながら順繰りに感想を述べていく。


 感想と言っても先の襲撃に思うところがある訳でもなく、機械的に事実を述べているだけに過ぎないのだが。


 彼女らはナバル・ガルガムに似せて作られた傀儡というわけではなく、一人一人が自立した思考を持つ個人である。


 しかしそれは本人達にとっては些細なことらしい。互いに「なんか自分と同じ顔の奴がいる」程度にしか認識していないのだ。


 仲間意識が希薄、と言ってしまえばそれまで。


 二体目以降のナバル・ガルガムは、そのような人間性を獲得するまでに至っていないというだけの話。


 こうして集団で行動しているのも、一代目の指示があったからだ。


 その一代目オリジナルは、彼女らにどのような想いを抱いているのだろう。


 憐憫か。はたまた諦念か。


 誰かの心を推し量るという行為は、心そのものを理解しきれていない彼女らにとって、やはり容易な事ではなかった。


「まったく、酷いやられようだな」


 まるで他人事のように、三人の中で一番年長のナバルが呟く。


 他の二人に対する仲間意識もそこそこ。半壊した街並みを見て「酷い」と思う程度の情緒を持つのが彼女である。


 実際、この街が受けた被害は甚大だ。


 舗装された道は穴が空いたり亀裂が入ったり、家屋は燃えたり崩れたりしている。


 街の復興を目指すとなれば、ナバルが駆り出されるのも必至。無論そうなれば力を尽くして取り組む。


 ──そう意気込む一方、ナバルはこの街の住民の心配を一切していなかった。


 なぜなら、この街の住人は別の街に避難していたのだから。



 壁の外、魔女ナバルと【屍操しそう】エルンの問答は未だ続いている。


「お前、どこから知ってやがった」


「知っていた、というのは語弊だな。私は予想しただけに過ぎない」


「僕達の襲撃をか?」


 「そうだ」とナバルは頷く。しかし、同時に予想外だったと。


「私が想定していたのは上空からの奇襲だった。なにせ絶海の孤島が本拠地だからな」


「もうとっくに死んでる体なんだ。どんな無茶も利くんだよ」


「ほう? その割には呆気なく全滅したようだが」


 ナバルの発言を受け、エルンは瞠目する。


 壁中に配置した分身との視覚共有により、状況は確認済み。


 それに対してエルンは屍と情報の共有ができていなかったらしい。


 ナバルからしてみれば有り得ないことだった。


 今目の前にいるのは〈錬魔十騎〉という精鋭。それが、感覚の共有という初歩的な術を扱えないわけがないと踏んだのである。


 ──ブラフ? しかし一体何のために?


「……ッ、まさか」


 気付きが疑念へと変わる。しかし正否を確かめる術が無い──というわけでもなかった。


 問題はナバルの気持ちにある。


 戦闘において相手を傷つけるという行為は至極平常。なぜなら両者が納得し、容認しているからだ。


 しかし、ナバルがこれから行おうとしているのは正々堂々とした戦闘ではない。


 拘束し、死なない程度に傷つけ、苦しませ、尊厳を陵辱し、心を折らせる悪魔の所業。即ち、拷問。


 ──そんなことができるのか? 自分に。


 いや。ナバルはやらなければならなかった。


 人間を守るために。神々に勝利をもたらすために。


 少しでも優位に立つには、手段を選んではいられない。じぶん鬼にしなければあざむかなければならない。


 おそらくその決意は、世界中の如何なる鉱石よりも固く揺るがないものであろう。


 ゆえにその後はエルンにとってはもちろん、ナバルにとっても地獄のように苦しい時間となった。


「僕、は……エルン・ノーハートの……、だ…………」


「本物のエルン・ノーハートは?」


「……高みの見物でも、決め込んでるだろうよ……」


 直視できないほど酷い傷を負いながらも悲鳴を上げず、少年は耐え続けた。しかし、それももう限界だったらしい。


 もはや虫の息となった少年は真実を告げると、血走った眼でナバルを見上げる。


「もう、いいだろ……さっさとれよ」


「……すまなかった。とどめだけは、苦しませないから」


 ナバルは彼の心の強さに敬意を払うとともに、杖を向ける。


「第三階位・【大地ノ剣】──」


「──ハハッ」


 死に際、エルンですらない少年は乾いた笑みを浮かべた。呆れているのだ。敵を殺すだけで苦しそうにしているナバルを。


 ──本当に、最期まで舐め腐った少年だ。


 そんな彼に大地の剣が容赦無く致命傷を与える。嫌な音を立てながら。


 心臓を狙った正確な一突き。きっと、痛みを感じる間もなかっただろう。


「終わった、か……」


 命を奪った感慨など無い。あってはならないと、自身にそう言って聞かせる。


 あるべきは、手にしている杖の冷たい感触だけなのだ。

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