〈光輝の魔女〉
第20話 血に濡れた魔女
──魔族によるビィステリア侵攻が影響を及ぼしたのは身内のみに留まる話ではない。
現代まで鉄壁の防御を誇っていたイラルドの防壁。それが地中からの奇襲という、単純極まりない作戦で破られた事実に世界中が震撼した。
『いつ自分達の国が襲われるか分からない』
その不安が人々の心に恐怖を植え付けたのである。
激しい心の動きは、たとえ宗教の力をもってしても鎮めるのは難しい。
言い換えれば、難しいが不可能ではないということ。
では具体的にはどうするのか? 簡単である。
「それ以上の安心を与える、ですか。頭の悪いことを仰る」
「そう仰るな、我らが光。〈
所は王宮。その応接室では二人国家権力が向かい合い、ソファに腰掛けていた。
宥めてくる国王を半眼で睨み、無言の抗議を送るのはマウロ聖皇国を守護する魔女・リコ。
宗教と国が密接な関係を持つ聖皇国において、魔女と王は対等ですらない。
特にこのような時世では、宗教こそが恐怖に支配された人々を照らし、安らぎをもたらす光となる。
──そして、使いようによっては麻薬にも。
今リコの目の前にいる王が望む利用法は後者だろう。つまり彼はこう言いたいのだ。
「どうか貴女のお言葉で民衆を勇気づけていただきたいのです」
「……わざわざ口にするとは。本当にいいんですか? それで」
外道の道を歩まんとする王に最終確認を取る。
一度決めたことに少しでも疑問を持たれると途端に自信を失ってしまうのがこの国の国民性だ。
リコはその心理を利用し、眼前の老王を矯正するつもりでいる。
しかし悲しいかな。真に目的を定めた人間というのはそう簡単に己を曲げやしない。
つまるところ──、
「このオクトヴィウス・サイ・マウロに二言はありませぬ。私の望みは、貴女が民草の
この老害は、リコ・ミルニルの最も望まない言葉を選んだ。
──選んでしまった。
「そうですか……」
ゆらり、リコが立ち上がる。
背には左に傾く巨大な天秤。
両の手には罪人を裁く聖なる剣。
なんの前触れもなく顕現したそれは、紛れもなくマウロ聖皇国の象徴。正義と潔白を認め、悪と
王はその威光を目にしてこう思っただろう。
「行かれるのですね、民衆を奮い立たせるために」
「……いちいち思ったことを口にせねば気が済まないと見ました」
深く溜息を吐きながらリコは王に剣を向ける。
これで嫌でも分かったはずだ。裁かれるのは自分だということが。
これで惚けることができるのは真性の馬鹿だけである。
しかし、「分かる」と「理解する」のとでは持つ意味が決定的に異なる。
前者は表面のみを見るのに対し、後者はその深み──至った経緯までを見る。
国王は現状を分かっていても、理解まではしていなかった。
「なっ、なななななぜ──!」
「黙まりなさい。これ以上あなたの声を聞きたくありません」
醜く狼狽える王の姿は見るに堪えないものだった。
ぴしゃりと言い放ち、リコは右手に持った剣を掲げて無抵抗の王に振るう。
「──」
罪人は魔女に裁かれる訳を訊くことも、断末魔を上げることも許されない。
民から搾取したであろう金子で繕った、華やかな召物に刻まれる縦一文字。切口から噴き出た血は絨毯とリコが身に着けていた純白の法衣を汚し、真紅に染める。
しかし、リコはそれを一切意に介さない様子で剣と天秤を光の粒子に変換した。
「……なんだ。この程度ですか」
その口から漏れた落胆は手応えの無さによるものではない。
リコは知っている。
魔族の少年を──屍兵とはいえ──殺めたことで〈土塊の魔女〉ナバルが精神的な苦痛を味わったことを。
ゆえに興味があった。この手で命を奪うことによって得られる感覚に。
しかし実際試してみれば呆気ないことこの上ない。
相手が悪かったのか、それとも己の感性に欠陥があるのか。
「まあ、答えを急いでも仕方ありませんね。これで終わりではありませんし」
そう。彼女にとってこれは目的を果たすための第一歩にすぎない。
〈光輝の魔女〉リコ・ミルニルの目的。それは──、
「愚かな神々よご覧あれ。この穢れた世界、私が浄化してみせましょう」
くすくす笑いながら、血染めの魔女はその場を後にしたのだった。
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