幕間

第19話 魔王様は視た

 窓から差し込むはずの陽光は庭に乱立する木々によって遮られ、頼れる照明は枕元に置かれた蝋燭一本。


 入る者の不安を煽るほど暗い寝室。しかし、天蓋付きのベッドで身を寄せ合う二人の少女にとっては十分なあかりだった。


 ──その正体が魔王とその腹心とくれば、暗がりを恐れる理由も無い。


「ねぇねぇエノテラ様ぁ、本当に良かったの?」


 紫髪の少女がエノテラと呼ばれた魔王の腕を抱き問うてくる。


 魔王に対して事の是非を問う発言は本来であれば許されざるもの。


 しかし、エノテラ本人が彼女に置く揺るがぬ信頼と親愛がその行為を憚らない。


 二の腕をくすぐる吐息、エノテラはそのこそばゆさに目を細めながら、


「何のことかな、ビオ?」


「逃げ出したクレスとその仲間。あの子達のしたことだよぉ」


 魔王の懐刀──〈執行者〉ビオの指摘は、どこかエノテラを叱責しているようにも聞こえる。


 彼女の役目は裏切り者の


 これまでに罰を下した魔族の数は三人と少ないが、いずれも〈錬魔十騎れんまじっき〉の一員だ。


 結託してエノテラへの謀反を企てた三人の末路はビオの発案により悲惨なものとなった。


 ──よもや無限に増え続ける魔女ナバルの巣窟・ビィステリアに屍兵となった彼らを送り込み、見せしめにするとは。


 あの時笑顔で思いつきを述べたビオに『本物』の【屍操】エルンは割と本気で引いていた。


 その時のエルンの表情を思い出し、思わずクスリと笑みを漏らしてしまう。それを誤魔化すようにして、エノテラは話を広げる。


「それにしても、本物の彼があんなに丁寧な口調だったとはね。あの影武者とは大違いだ」


「私もびっくりしちゃったぁ。今まで影武者あっちが本物だと思ってたもん。……あれれぇ? もしかしてこれ、魔王様を謀ったことになるかな? 処しちゃう?」


「やめたまえ」


 ビオにエルンとの接触を禁じなければ、絶対に処そうとする。間違いない。


 そんな確信からくる返答に、当の本人はつまらなさそうに「むぅ」と唇を尖らせる。


「……えっとぉ、何の話してたっけぇ?」


 エルンの話題には飽きたのか、ビオが話を本題に戻そうと尋ねてきた。


「吸血鬼一族のことだね」


「そうそう、その事ぉ。私ねぇ、クレスちゃん達とワルナちゃん達のしたことは同じだと思うの」


 確かに、魔王に離反し、人間に助けを求めたクレスらの行動はエノテラから見ても裏切りである。


 それを分かっていながら黙認し、ビオから仕事を取り上げたのだ。文句の一つや二つはあって当然かもしれない。


「だからその腹いせとして処理したんだよね。クレスがデザーテックに宛てた文書を」


「……クレスちゃんはエノテラ様のお友達だから、私に何も命令しなかったんだよね。私の事、怒る……?」


 責められていると思ったのかビオの発声はたどたどしく、唇が震えていた。


 勿論怒るつもりのないエノテラは「まさか」と頬を緩め、上目遣いで見てくるビオの頭を優しく撫でる。


 吸血鬼族は何かと運に恵まれている。文書の送付を妨害する程度の手出しで危険に晒される彼らではないだろう。


 昔馴染みでもあるクレスへのある種信頼にも似た予感。それがあるからこそ、エノテラはビオの行為を咎めなかった。


「それに、今はもっと気にしなければいけないことがあるんだ」


「気にしなきゃいけないこと……?」


 先程までの柔和な表情を消したエノテラを、ビオは不思議そうに見つめる。


 未だエノテラのみが知る某国の動向。それは、世界の未来を見通せる玉座にて目にした光景だった。


「──マウロ聖皇国……中央諸国の魔女が何か始めるみたいだ」

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