第18話 魔女と王と吸血姫

 素朴な街にありながら目立たない王の住まいは、その内側すらも質素な造りになっていた。


 高価な絵画や壺などの類は一切置いておらず、主張のしの字もない。


 『魅せる』ということを一切しない宮内を前にジュード達は閉口せざるを得ない。金箔だらけでないだけマシなのだろうか。


 正面の奥には大きいだけの扉と、それを塞ぐ二人の兵士が立っていた。この先が謁見の間だ。


 ジュードは吸血鬼二人を連れて行き、


「国王に用がある。通してくれるか?」


「もちろんです。どうぞお通りください」


 兵士達は二つ返事でジュードの申し出を了承し、扉を開けた。すると重低音と共にデザーテック国王の姿が露わになる。


 第一印象は恰幅のいい優男。平民の出で前国王の養子という背景もあってか、平民も貴族も分け隔てなく接することのできる稀有な王族だ。


 そんな中身も優男な国王の元まで来ると、ジュードの前を歩いていたクレスとダフニスは静かに跪く。が──、


「ああ、そういうのはいい。膝を痛めてしまうだろう?」


「……? は、はぁ……」


 あまりにもいい加減な態度でデザーテック国王が告げる。これにダフニスらは戸惑いを見せながらも言われた通り立ち上がった。


 ──常識的に考えて絶対にありえない、無礼講を座右の銘とする国王。公の場であってもその在り方を貫く姿勢に、ジュードは呆れを通り越して尊敬さえしてしまう。


「それでは早速、如何なる用があってここまで来たのかについて聞こうか」


「はい。実は……」


 そうして、ダフニスは自分達が吸血鬼族であること、エルン・ノーハートの悪行に耐えかね一族で島を脱出したこと、デザーテックで保護してほしい旨を伝えた。


 国王はしばし考え込んだ後、真剣な顔付きでダフニスの方を見る。


「見返りは? さすがに無条件でというのは無理があるからな」


「勿論ある。魔族の戦力、その全情報だ」


 即答するクレスの言葉に、国王は「ほぅ……」と目を細くした。


 未だ全貌が明らかになっていない敵の情報は、どの国も喉から手が出るほど欲しいものに違いない。それが真っ先に手に入るというのは大きなアドバンテージになる。


 国王はその有用性が分かっているのかいないのか判別のつかない笑みを浮かべ、


「いいだろう。デザーテックは吸血鬼族の身の安全を保証すると誓おう」


「……有難い。その判断に感謝を」


 そう言って恭しくお辞儀をするクレス。その表情は心からの安堵で彩られている。


 これで万事解決、解散──とまでは、まだいかないらしい。


 なにやら思い出した様子で国王は「そういえば」と話題を移す。


「魔女ジュードと共に来たから通さざるを得なかったが、なぜ文を寄越さなかったのだ? この国に来てからであればそのくらいの余裕はあっただろう」


「……いえ、そのことでしたら事前にお届けしたはずですが……ああ、宛名は魔女ジュードでしたが」


「ふむ、おかしいな。こちらにそのようなものが送られてきたという知らせは一切無いのだが……」


 ダフニスのの回答を受けた国王は僅かに眉をひそめる。


 国王の言い方だと面会を求める書面は認知していないような口ぶりだ。しかし、ダフニスはそれを確かに送ったと言う。


 ダフニスの言葉を信じるのであればこのような齟齬が生じた理由は一つ。


 厄介そうな結論に至り、ジュードは頭を搔く。


「誰かが妨害した。……それ以外考えられねぇな」


 つまり、吸血鬼族の脱走を知っていた何者かがいるということになる。それは別種族か、或いは同族の中にいるのかもしれない。


「……我は違うからな」


 自分が疑われることを恐れてか、クレスが真っ先に無罪を主張する。保身に走る彼女をジュードは訝しみ、


「確か、千姿族って魔族は何にでも変身できると聞いたけど?」


「なっ……! まさかお主、我が偽物だと申すのか!」


 ジュードの揺さぶりに対してクレスは怒気の篭った声で異論を唱える。それに便乗してダフニスが一歩前に出た。


「ジュード、それはありえない。奴らが模倣できるのは姿だけであって、能力までは不可能だ」


「……つまり、アタシ相手に魔眼を行使したから本物ってわけか。ならいいけどよ、それはそれで分からねえことがある」


 そう言ってクレスの方を見ると、彼女は半眼でジュードを睨み返してきた。どうやら疑われたことを根に持たれてしまったらしい。


 クレスには悪いがここは我慢してもらおう。信頼を回復するのは後回しにして今ある疑問を解消せねば。


「ダフニスに使命を託したはずのアンタが、どうしてここにいる?」


「そ、それは……」


 ジュードに問われ明らかに言い淀むクレス。なにかやましい事があるのは間違いない。


 が、なにやら少し様子がおかしい。見れば、頬を赤くしてダフニスの方に時折視線を向けているではないか。


 その恥じらうようなクレスの姿に、ジュードはようやく得心がいった。


 ──さてはデキてやがるな?


 よく見ればこの二人、お揃いの指輪まで嵌めている。


 ともすればクレスが単身赴いてきた理由も明白。恋仲にある男が己の元を離れたら心配もするだろう。


 つまり、クレスはダフニスを一人にしたくなかったのだ。


 それをわざわざ口にするという野暮な真似はしない。神の造りものと言えど、ジュードも一人の女だ。


 クレスの想い、それをジュードは心の奥底に仕舞いこむ。


 ……きっと、国王もあのにやけ顔からして気付いているだろうから。

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