第17話 魅了の魔眼

「こ、これは魔女様! 本日はいかなる御用でございましょう!」


 先程まで気だるげそうに少女の相手をしていた門番がビシッ! と角度の整った敬礼をする。


 鼻息を立てているのか、兜の内側からくぐもった音が聞こえてきた。ジュードの登場でようやくスイッチが入ったようだ。


「門を開けろ。アタシと一緒にこの二人も通せ。お前はそうするだけでいい」


「はっ、ただちに!」


 ジュードの最低限かつ説明一切無しの命令に、門番は文句の一つも垂れずに従う。


 説得を試みていた少女からしてみれば、いきなり来たジュードに従う門番の姿は不快に映るだろう。少女は目に見えてムッとしている。


 それでも余計な口を挟まないのは円滑な進行を望んでいるからだろうか。


 やがて、王宮へと続く柵門が開き切る。


 門を隔てた向こう側はすぐ王宮の入口だ。


 今のうちに自己紹介を済ませようとジュードは吸血鬼族の長の方を向いた。すると、


「目が合ったか」


「──っ、ああ」


 どうやらずっとジュードのことを見ていたらしい。気を抜くと吸い込まれてしまいそうな深紅の瞳が、鏡のようにジュードを映している。


 ──気勢を削がれてしまった。


 ジュードがなんと話しかけるべきか迷っていると、少女は表情を変えぬまま、


「自己紹介なら要らぬぞ。先の門番の言葉でお主が魔女だということは知れた。それで十分だ」


「……わりぃが、アタシにとっては十分じゃないんだよ。だから名前を教えてくれ」


 食い下がるとは思わなかったのか少女は紅い眼を見開く。そして──、


「──クレス。それが貴き我の貴き名だ」


 庭園の噴水を背景に名乗る姿はまさに国宝級。同性のジュードをしてそう思わせる何かが彼女にはある。


 きっとこれは性別に関係なく万人が感じる彼女の魅力。天性のカリスマというべきか。


 見る者を虜にする瞳はまさに魔性の──


「って、なんだ、今の……」


 なぜか、つい先程までクレスに抱いていた畏敬の念が忽然と消え失せる。


 まるで自分の意思とは無関係に植え付けられたものが除去されるような感覚。そう言語化できたところで、ジュードは自分の身に何が起きたのかを把握した。


「……クレスっつったか。アンタ、さてはアタシを洗脳したな?」


「左様だ。手段について問いたいことはあるか?」


「フン。聞くまでもねえな」


 ──魔眼と呼ばれるものがある。それは魔術が瞳に宿るという先天的な体質だ。


 クレスが持つのは目が合った者に羨望や畏敬を抱かせる【魅了の魔眼】。


 斯様な効果を持つ魔眼が奥の手であるは間違いない。それを易々と開示した理由というのも信頼を得るためだろう。とはいえ、いくらなんでも──、


「──不意打ちは許せねえ」


 ジュードの静かな怒りに呼応して、周囲の気温が熱を上げる。


 ジュード・フレイボルダは短気な魔女だ。自覚もしている。


 しかし、彼女にとって一度出した矛を収めるという行為は非常に難しいものだった。


 そう。ジュードはそこまで器用ではない。


「待ってくれ、ジュード! 姫には事情があるんだ!」


「……あぁ? 事情だと?」


 しかし、収めることができないと思われたジュードの怒りは、彼女の恩人であるダフニスによって沈静化された。


 魔女の命を助けたという義理が己の主を助けたのである。


 ダフニスは一瞬だけ躊躇うような表情を見せたあと、真っ直ぐにジュードを見据える。


「姫──クレス様は、魔眼を完全に制御できないんだ」


 ダフニスの言葉に、クレスは何も言わず目を伏せた。


 きっと、彼女はその体質のせいで多くの弊害に悩まされてきたのだろう。周囲の反感を買うことだってあったかもしれない。


 押し黙るクレスの姿を見て、ジュードの頭はようやく冷静さを取り戻した。


「……すまん。何も知らずに怒っちまって」


「いや。我が事前に伝えておれば、このような諍いもなかったであろう」


 互いに謝罪の意を示し、とりあえず蟠りを拭い去ることができた。


 その様子を見守るような眼差しで見ていたダフニスが安堵の息を吐く。


「……それじゃあ行きましょうか」


「なぜそこでお主が仕切るのだ」

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