第16話 姫様登場

「砂漠の王国デザーテックの王都、ザーバラにようこそ! ってな」


 ジュードは街に入るなり身を翻し、歓迎の意を込めて両手を広げた。


 無論、通常であれば国の要地たる王都に通行手形なしで入れるわけがない。


 しかしそこは魔女。名を告げて力の一端を見せるとすぐに門をくぐらせてくれた。


「それにしても、足が変な感じだ」


 そう言って、ダフニスはその場で足踏みしてみせる。


 足元は既に砂漠とは異なり、いくら踏んでも足跡のつかない石畳。砂地の柔らかさとは無縁の人工的な地面だ。唐突な変化に違和感を覚えるのも無理はないだろう。


 が、熱を吸って熱くなるのはどちらも同じ。ならば大して変わるまいというのがジュードの意見だが、そんな下らないことで彼の機嫌を損ねるのは悪手と言える。


 とはいえ、ずっとこうしているわけにもいくまい。ジュードは石畳の感覚を楽しむ使者様を横目に、


「なあダフニス、歩きながらでも石畳の硬さは分かるだろ。早く行こうぜ」


「……すまない。舗装された地面を歩くのは人間だった頃以来でな。つい」


 遠い日の郷愁に駆られたのか、ダフニスはしゅんとしおらしくなってしまった。


 聞けば、彼は吸血鬼になってすぐ孤島へ逃げることになったという。その島も無人島とくれば舗装された道などあるわけがない。


 つまり、ダフニスにとって石畳は数百年ぶりの地面ということ。これになんの感慨も抱かずにいられるだろうか。


「っ、もしかして──」


 ──自分はかなり野暮なことを言ってしまったのでは……? などと、ジュードは冗談無抜きで思ってしまっていた。


 が、当のダフニスは彼女の罪悪感に気づくこともないまま歩き出す。


 地味でありながら陽気な街並みを尻目に進んでいくと、不意にダフニスが声をかけてくる。


「……男女関わらず露出が多いんだな。そういう格好をしてるのはジュードだけだと思ってたよ」


「この地域はとにかく暑いからなぁ。最低限隠せればいいって感じだ」


「じゃあ、さっきから俺が視線を集めてるのは……」


「よそ者感が丸出しだからだな」


 容赦無い物言いに、ほぼ露出ゼロの吸血鬼が「やっぱり」と肩を落した。


「俺も少し脱いだ方がいいのか……?」


 なんとも危機感の無い発言だ。ジュードは早めに待ったをかける。


「それだけはやめとけ。お前の肌だと火傷しちまうぞ」


 デザーテックの日差しはかなり強い。住民たちの肌色が濃いのは日差しに耐えるためだ。


 ちなみに、その特性はジュードやフレイボルダにも表れている。


 対してダフニスの肌は白い。日焼けに弱い色だ。彼が好奇の眼差しを向けられるのはこちらの理由もあるかもしれない。


「──なぜ分かってくれぬのだっ!」


「うわっ、なんだ?」


 突然の怒声にジュードは肩を跳ねさせる。声の所在は目的地である城の方だ。


 何かアクシデントでもあったのだろう。どうせ行き先は変わらないのだし、騒ぎを解決するのもいい。


「……少し急ごう。何かあったのかも」


 どうやら彼もジュードと同じことを思ったらしい。ダフニスの言葉通り駆け足でその場へ向かうと、門番と少女が言い争をしているのが見えた。


く通せ! 我はこの国の王に用があるのだ!」


「……いいかい? 今おじさんは仕事中なの。子供のごっこ遊びに付き合ってられないんだよ」


「だから何度も子供ではないと言っておろうがっ! 我はであるぞ! 本当に偉いのだぞ!」


 古風な口調の少女が今にも飛び掛りそうな勢いで門番にまくしたてる。


 背丈は十代。過剰なまでのフリルが付いた装いに、ストレートの金髪を腰まで伸ばしている。


 確かに吸血鬼族の長などと言っても子供の戯言と受け取られそうな見た目だ。しかし──、


「まさか姫……? 貴女なのですか!?」


 吸血鬼の一員たるダフニスの反応だけは違う。彼はその姿を認めると、迷わず少女の元へ駆け寄った。


 少女の方もダフニスの存在に気づいたらしい。姫と呼ばれ振り向いた彼女は表情をぱぁっと明るくさせて、


「おお、ダフニスではないか! 聞いてくれ。この門番ときたら、我が吸血鬼族の長だと信じてくれぬのだっ!」


「なんと! 姫のお言葉に耳を貸さないとは何たる愚行! 許せません!」


「誰だよアンタ……この子のお兄さん? それとも親なの?」


 状況を一切把握できていない門番は二人の会話を介さずにその関係を推察し始める。


 はたから見たら混沌の坩堝るつぼ。さすがにもう見てられない。これ以上放っておいたら話がややこしくなる──いや、とっくになっているか。


 ジュードは深い溜息を吐き──、


「おいアンタら。一旦落ち着いて話そうぜ」


 現場の混乱に収拾をつけるため、デザーテックの秩序を象徴する魔女が一歩、足を踏み出した。

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