第15話 動機
「──要するに、吸血鬼族が島を出た理由はエルン・ノーハートとかいう奴にあるんだな?」
吸血鬼の青年──ダフニスから亡命の動機を聞いたジュードは、最も重要な部分だけを抜き出した。
〈
なにせ、その者は仲間であるはずの〈錬魔十騎〉の亡骸を弄び、自身の傀儡としたのだから。
火を神聖視するデザーテックでは死者を火葬する風習がある。ゆえにジュードは、遺体を道具にするという行為に理解を示すことができなかった。
「巨腕族のラマツ、妖精族のワルナ、爬虫類族のキーウィ。……それが、ノーハートに操られた
「そう、か」
「すまない、名前までは関係無いよな」
やや苦笑するように言うと、ダフニスは止めていた足を進め始めた。
どうやらジュードの返事の素っ気なさに勘違いをしてしまったらしい。
実のところ、エルンに殺された魔族が自分に関係ないとは考えていなかった。
むしろダフニスをここまで導いたのが彼らの死だと思うと居た堪れない。
「……唯一の救いは、お前みたいな魔族がいることだろうな」
言いながら、ジュードはダフニスを横目に見る。
魔族は人間に対して想像できないほどの憎悪を抱いている。その悪感情を生み出したのは人間による過剰なまでの魔族差別だ。
そしてこの一件は、人間が時代の流れと共に忘れ去ったはずの差別意識を目覚めさせた。
しかしながら、人間との交流を絶っていた魔族の目にはこう映るだろう。「やはり人間は変わっていない」と。
その中で人間に助けを求めようとするダフニス、ひいては吸血鬼族の在り方はかなり異質だ。
「なあ。お前は人間になんの感情も抱いてないのか?」
「抱いているか抱いていないかで言えば、抱いている」
──やはりそうか。ならば彼も、差別の被害者の一人──
「勘違いしないでくれ。俺が言ってるのはそういうことじゃない」
質問の意図を理解したのか、ダフニスはすぐにジュードの解釈を否定すると、
「俺は元々人間だったんだ。だから──」
「──、は?」
話を続けるダフニスを
タチの悪い嘘としか思えない言動にではない。
そもそも意味が分からなかった。つい先程魔族だと名乗ったばかりなのに、元々は人間だったなんて。
「それとも、それが普通なのか……?」
魔族の知識に乏しいジュードが頭を抱えていると、ダフニスは思い至ったように「ああ」と目を見開いた。
「まだ言ってなかったか。吸血鬼は人間を同族にできるんだよ」
「そんなの初耳だ」
「まあ、かくいう俺も吸血鬼になるまで知らなかったし。……そう言えば、どうして吸血されると同族になるんだろうな?」
きょとんとした表情で首をかしげるダフニスを尻目に、ジュードはやれやれと溜息を吐いた。
彼のとぼけるような口ぶりからして、人間だった頃に疑問の一つも持たなかったのだろう。
そんな能天気な奴を使者に任命して大丈夫なのか吸血鬼族は、と少し心配になってくる。
「魔女ジュード、貴女の言いたいことは分かる。だが、俺は長から信頼されてこの役を任されたんだ。それを裏切るような真似はしないさ」
「……人の心を読むんじゃねえよ、気味わりい」
見透かされていたことに腹を立てたジュードは悪態をついて強制的に会話を終わらせた。
長はどんな奴かとか、吸血鬼は皆が友好的なのかという結構大事なことからは一旦目を逸らす。
今は吸血鬼族全体よりも目の前の青年から。先程までの会話で、彼の人となりはなんとなく掴めた。
それに──、
「アンタには助けてもらった恩もあるしな。アタシも魔女として口添えしてやる」
「ん、口添え? 貴女が最高権力者じゃないのか?」
「そこからかよオイ……まあいいや。よく聞けよ?」
──魔女に神性あっても権力無し。
魔女は崇めるべき存在であって
一部の例外を除き、ほとんどの国がその方針に則って魔女という存在を扱っている。
デザーテックも例に漏れず、ジュードが国家の運営に介入することは基本的に禁じられているのだ。
「──なんてこと、いちいち説明しなくても分かりそうなもんだろ」
「それもそうか。いくら神やその使いが実在してるとは言え、宗教で国を動かすなんてありえないものな」
「お前、それ絶対に
コレだから、と片手を首の前に持っていき、すっすと左右させるジュード。
聖皇国は先程の話に出た例外のことだ。かの国では宗教が国の方針に大いなる影響を与えている。
ダフニスも察しただろう。なんの冗談でもなく、聖皇国の在り方に異を唱えることは許されないと。
彼は引きつった笑顔を作り、呟く。
「ここがデザーテックでよかったよ……」
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