第14話 まずは握手から始めよう
「さっきは助かったぜ。ありがとよ」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。圧死寸前だったからな」
青年が外套に付いた砂を落としながら冗談交じりに笑いかけてくる。
彼こそがサバクオオミミズからジュードを助け、その死骸の下敷きになった人物である。
なんとも間抜けな話だが、命の恩人にそれを言うのは野暮だろう。ジュードは青年に「じゃあお互い様だな」と返し、先程までミミズの下敷きになっていた青年の風貌に目を向けた。
手入れをしていないのか目元にまで届いている黒髪。同色の靴は砂埃でまみれている。長い間移動した証拠だ。
何より気になったのはデザーテックでは滅多に見かけない白い肌。それは決して屍のように青白いというわけではなく、白磁のような美しさに喩えられそうだ。
「アンタ異国の人間か? 魔族侵攻のせいで入国制限がかかってると思ったけど」
「ああ。それなら制限がかかる前に来たから何も問題ないはずだ」
青年のその言葉に嘘は無いように見える。信じてもいいだろう。
しかし、それはそれとして、気になることが一つだけあった。
「剣も無しにどうやってミミズをぶった切ったんだ……?」
「血を操る魔術で剣を生成したんだ。珍しいものじゃないだろう?」
「……へぇ。いや、わりぃ。口に出てたか」
意図せずして漏れた疑問に、青年は律儀に答えてくれた。
種族を問わず魔術を扱える者──魔術師は彼の言う通り特に珍しいものでもない。
……というのは二百年も前の常識である。
長い年月をかけて人間の手から魔術は失われ、今や現存している魔術師は魔族のみ。
その事態を招いたのは上を目指さず停滞を良しとした魔術師達の怠惰。或いは、当時の人間には魔術を極めるという発想すら無かったのかもしれない。
何はともあれ、ジュードの目の前にいる青年は魔族だということが分かった。
「……多分気付いていないと思うけど、アタシは魔女なんだ」
「──。それは本当なのか」
ジュードのカミングアウトに青年は僅かに息を呑む。
これまで普通に会話していたことから、青年がジュードの正体を知らないことはなんとなく察せられた。
ジュードは全ての魔族が人間への復讐に囚われているとは思っていない。過激派もいれば穏健派もいるだろうというのが彼女の考え。
亡命者や追放者の類であれば保護すればいい。悪意ある者だった場合はぶん殴る。
自分の素性を明かすことは、青年の目的を手っ取り早く知るための手段というわけだ。
「なるほど、君がそうなのか。わざわざ探す手間が省けたな」
意味ありげに呟いて、青年はその口角を吊り上げた。
決して戦意や敵意の表れではない。それにしては彼の笑みは友好的過ぎる。
一体何が目的なのか。ジュードがそう問いただすより早く青年は口を開く。
まるで身の上を主張するかのように発達した犬歯を覗かせながら。
「まずは初めまして、砂漠の国の魔女。俺は島から亡命してきた吸血鬼族の者だ」
「ふぅん、亡命ね。やっぱりか」
「驚かないのか?」
「まあそんな気はしてたからな」
そう言って肩をすくめるジュードに、青年は「さすが魔女だな」と感心したように頷く。魔女は関係ないと思った。
「さて……」
和議を申し立ててきている以上、嘘か
ここで国の懐に誘えば信頼されているという印象を与えることができるかもしれない。
しかし、もしもそれが本当の狙いだったら?
人畜無害のふりをして、こちらが隙を見せた途端襲いかかってくる──なんてことが無いとも断言できない。
街に来ていきなり暴れられるという可能性があるだけでもリスクは十分高いと言えるだろう。
「なんて後先考えるのは性に合ってねぇ」
斯様な人間性ゆえに、戦犯になる覚悟はいつでもできている。その時は腹を切るつもりだ。
「……細けぇ事は後にして王都に行こうぜ。そう遠くねぇしよ」
「話が早くて助かるよ、えっと……」
青年は途中で言葉を止めて思案に耽ける。
一体どうしたのか気になったジュードも「なあ」と話しかけようとして、あることに気付いた。
──そう言えば、お互い名乗ってない。
なるほど。それでさっき青年は言葉に詰まっていたのか。
「アタシはジュード・フレイボルダ。呼ぶ時は必ず上の名前で頼む、よろしくな」
得心のいったジュードは簡潔に自己紹介を済ませ、次はそっちの番だ、と顎をしゃくる。
魔族が、
「俺の名前はダフニスだ。姓は無い」
そう名乗って右手を差し出してきた。
やや面食らったジュードだが、すぐに気を取り直し、迷わずその手を握る。
この握手がデザーテックと吸血鬼族、両者が共存するための第一歩になると信じて。
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