第40話 それは克己にあらず
「はぁ、はぁ、はぁ──」
城の外を目指し、ジュードは闇雲に走る。
興奮による体温と気温の上昇も今はうざったいだけ。力を制御できていないという現実を直視していることに他ならないのだから。
あまりにも未熟な自分が不甲斐なくて、ウィスクルの言葉が全て的を射ていて。それが悔しくて悔しくて堪らない。
行き場無き思いはひたすら募るばかりか感情を昂らせ、周囲の気温を一段と上昇させる。まさに悪循環。
「魔女様、お疲れ様で──って熱ッ!」
熱気に悲鳴を上げる門番の声さえ今のジュードには届かない。自分が屋外に出たと知るやいなやその場で姿勢を低くして、
「第二階位・【
詠唱後、跳躍するジュードの両足裏から真紅の魔法陣が浮かび上がり、勢いよく炎を噴き出す。彼女は再び足を地に着ける事なく、蒼穹へ飛び立った。
あては無い。意味も無い。衝動に任せ切った行動。ウィスクル風に言うと理性無き行動か。
「アイツの、言う通りだ……」
彼が正しく、間違っていたのは自分。そう思い知らされた気がして、ジュードは唇を強く噛む。すると、下唇がジンと沁みるような痛みを訴え掛けてきた。
──痛い。心が、痛い。加害者はこちら側なのに。
自分が魔女に相応しくないという現実を突き付けられたジュードの心が満身創痍とするならば、顔を殴られたウィスクルはどうなる?
きっと痛く、辛かったに違いない。暴言で傷付くのは心だけだが、殴られて痛むのは心と身体の両方なのだ。どうしてそんな簡単なことにすら気付けなかったのか。
「……馬鹿だな、アタシって」
ジュードの口から零れた呟きも風の音によって掻き消される。不思議なものだ。仮にも魔女である者の言の葉を、なんでもないただの風が容易に
この世界の広さと比べたら自分が何者かなどというのはちっぽけな悩みなのかもしれない。そう思うと、自然と肩が軽くなった。
理性的な振る舞いとか『魔女』らしさとか、そんな細かい事はジュードには分からない。だって、見本が無いのだから。
まさか六、七人もいる『魔女』が全員同じ思考回路や感性の持ち主というわけではあるまい。──ならば、自分も自分らしく在ろう。
結果として猛獣のように見られても、それが〈炎天の魔女〉ジュード・フレイボルダなのだ、と胸を張って言えるようになりたい。
「……って、これじゃ開き直ってるだけじゃねえか」
そう苦笑するジュードの心は既に吹っ切れていた。
少しずつ【
「まずは謝んねえと、だよな」
そう言って、ジュードは刃物のように鋭利なウィスクルの眼差しを思い浮かべた。敵意に満ちたあの目が苦手だ。気を抜いたら刺されてしまいそうで、怖い。
戻ったところで再び罵倒されるだけかもしれない。『どの面下げて』と蔑んでくる様子が目に浮かぶ。だが、彼にはそうする権利があって然るべきというもの。
「……上等。全部、覚悟の上だ」
だから今は、今だけは呑み込め不安。間違っても呑まれるな。心を強く保つのだと、そう己に言って聞かせる。
これは克己などではなく、ただの反省だ。それも『今後の素行を改めるつもりはない』と考えている分タチが悪い。自覚はある。
きっとこの先、何度でも同じ間違いを犯すのだろう。頭に血が
そんな詮無き思考に蓋をして、ジュードは背にしていたザーバラのある方角を向く。砂漠のど真ん中に位置する都の存在感たるや。これが古くは一部族の小さな集落だったなどと誰が信じるだろうか。
もっとも、その部族の信仰していた神こそがジュードの親でもある炎神フレイボルダだというのだから信じる他ないわけだが。
何はともあれ、感傷に浸ってずっと立ち止まっているわけにはいかない。まだ日は傾いていないものの、それなりに時間が経過しているのだから。
「嫌な予感、当たらねぇといいが……」
ジュードが思い浮かべていたのは他でもない、見るもおぞましい天敵の姿。
これでもかという程長く、妙に艶のある肉色の体。先端にある丸い口には隙間なく
それこそ、今し方ジュードの存在に気付き、蛇のような身体をうねらせながらこちらに向かって来るような感じの──、
「ジュアァァァァァッ!」
それが、いた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
ジュードは堪らず大きな悲鳴を上げ、【
不格好なスタートダッシュ。斯くして、ジュードとサバクオオミミズの追いかけっこが始まる。
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