第23話 血誓

「──降伏します」


「……、何のつもりぃ?」


 攻撃を止め、両手を上げて降参の意を表すリコ。その意図を測りかねてか少女は首をかしげた。


 戸惑いと怒り、二つの情動がその顔に表れている。大方、勢いを削がれたことに腹を立てているのだろう。


 しかし、リコは構わず話を続けた。


「そのままの意味です。私は魔女ですがその目的はあなた方と同じ。であれば、争って命を落とすより軍門に下って生き延びる方が合理的だと判断しました」


「無理って言ったらぁ?」


「その時はお好きになさってください」


 その言葉に少女の視線がますます厳しくなるのをリコは感じた。


 これは予想外の反応だ。


 油断しきっていた所を狙ったことから公正な戦いを望む武人でないのは明らか。それが、降参して勝負から逃げられた程度でリコに悪感情を抱くだろうか。


 あるいは、彼女には何か別の思惑があるのではないか。


 ともあれ、リコに対話の意思があると分かれば応じてくれたのは幸いだった。問答無用で斬りかかってくるような人種ではないようである。


 であれば、いくらでもやりようはあるというもの。


「そんなに目くじらを立てないでください、こちらに争う意思は無いのですから。まずは名乗ることで相互理解を深めましょう」


「それはできないかなぁ」


「……何故です?」


「だって、あなたの標的は人間だけじゃなくてこの世界でしょ? その中には魔族も当然含まれてるんだよねぇ?」


 少女の口から飛び出した発言に、リコは思わず目を丸くする。


 ──これは驚いた。まさか胸の内まで見透かされているとは。


 如何なる術で看破したのかは知れないが、ここで首を縦に振ってしまえば命が無いのは確かだ。


 さりとて否定するというのも、己の在り方を歪めることと同じように思えて憚られる。


 目的を知られている以上、下手な言い逃れも通じないだろう。


 どう答えたものかと考えを巡らせるリコ。魔族の少女はその様子を面白がるように目を細め、


「アハッ、冗談だよぉ。まずはどっちの立場が上か分かってもらう必要があったから」


「……冗談とは、何が」


「魔族側に着くっていう話ぃ。あなたが懇願するなら受けても構わないってぇ、魔王様が言ってたの」


 ──ただし、【血誓ケッセイ】を交わすことを条件に。


 魔族の少女はそう付け加え、したり顔を浮かべる。あまりの生意気加減に呆れを通り越して、いっそ清々しささえ覚えてしまいそうになる笑み。


 そんな、人の神経を逆撫でするのに特化している表情を向けられたリコは重い、重い溜息を吐き、


「……そう来ましたか。まあ、こちらには受け入れる以外の選択肢など初めからありませんしね」


「そうと決まれば指出してぇ。どれでもいいからぁ」


「では、これ──でっ!?」


 リコが指示に従って適当に右手の人差し指を差し出すと、魔族の少女は大鎌の尖端を外側に向けて横に大きくぐ。


 突然のことに条件反射で手を引きそうになるリコだったが、なんとか自制した。


「────ッ」


 当然、痛みと共に人差し指の先から紅色が流れ出す。


 リコがその傷口を下に向けると、鮮やかな赤は石畳に染みをつくる。


 しかし、リコは傷付けられたにも関わらず「騙したな」と激高するどころか反撃しようともしない。


 その理由は予想よりも遥かに傷が浅かったからではなく、単にリコの流血がである。


「──んっ、と」


 次いで魔族の少女は、自身が持つ大鎌の刃を人差し指ですっとなぞった。


 じわり。傷口から溢れた血が、リコのものが染み付いた石畳に垂れる。


 するとどうだろう。真っ赤な染みは時間をかけてひとつの魔法陣を描いたではないか。


 初めて目にする光景に感心するリコ。しかし、その割に大して驚く素振りを見せなかった。


 というのも、ただ【血誓ケッセイ】についての知識があったからというだけの話。なのだが、魔族の少女にはそれが無感情に見えたらしく、


「つまらない人ぉ」


 溜息混じりにそう呟き、軽蔑するような眼差しを向けてきた。


 訂正して本題から逸れるのを嫌ったリコはあえて侮蔑を受け流す。


 それに対する少女の反応は無い。突っかかる理由を失くしたのか、それとも愛想が尽きたのか。


 無駄な勘繰りをしつつ、リコは直接脳内に響いてくる声を聴いていた。


『汝等、これより血の契約を結べ。命賭けし誓い、幾星霜の時を経ても破られぬことを願う』


 無機質な女の声が言い終え、リコたちの番が来る。


 初めに誓いを立てたのはリコだった。


「宣誓。〈光輝の魔女〉リコ・ミルニルは、永劫、如何なる魔族も傷付けないことを誓います」


「宣誓ぃ。全ての魔族は〈光輝の魔女〉リコ・ミルニルに、危害を加えないことを誓いまぁす」


 ──【血誓ケッセイ】成立。


 随分あっさりとした儀式だが、リコと魔族の少女、両人の右手に刻まれた深紅の『眼』がただの口約束ではないことを物語っている。


 この『眼』は【血誓ケッセイ】の成立を見届けた立会人であり、誓いを破った者を罰する審判者。


 『眼』がある限り誓いに反する行動は許されず、もしも誓いを破った場合には死が待っている。無論、それは魔女であっても例外ではない。


 今この瞬間から、リコと全ての魔族は真に対等な存在と成ったのだ。

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