第22話 命拾い

「ふふっ、ふふふふっ────」


 ただひたすらにわらう。全身に伝わる熱を感じながら。


 全て彼女の計算通り。


 全て彼女の思惑通り。


 そこに一切の誤算は無く、完璧な結果のみがリコに残された。


 即ち、神の力の掌握。


 自身を造った神が落命した際、その力を継承する機能が魔女に備わっている。


 リコは世界を創り直すという目的のため、ミルニルの力を得るべく聖皇国民を皆殺しにしたのだ。


 無論、リコとて全く罪の無い者達を巻き込みたかったわけではない。


 聖王オクトヴィウス・サイ・マウロ。かの老王は魔族を滅ぼした後、世界を手中に収める計画を立てていた。


 そこで神の名を借りれば兵の士気が上がるのは勿論のこと、民衆すらも武装しかねない。


 それは駄目だ。この世界に変革をもたらすのは自分でなくてはならない。


 そんな執着じみた使命感が聖皇国を滅ぼしたと言ってもいい。


「しかし、妙ですね……」


 なぜ、神々は敵と化した自分を討ちに来ないのだろうか。


 まさか現状を把握していないわけではあるまい。ともすれば襲撃の機会を窺っているのか、それとも力を出し渋っているだけなのか。


「まあ、栓無きことです。それよりも次の一手を考えなくては」


 疑問を頭の隅に追いやったリコは顕現したままの天秤に腰を預け、思考に耽ける。


 このままいきなり神界に上がるのは少し心配だ。


 いくらミルニルを吸収したとはいえ、神の頂点たるアローのほかにも六柱の神々が残っている。その数を相手にする実力は今のリコには無い。


 しばらくの間は魔女を標的とし、その力を取り込むことに集中しよう。神界へ向かうのはそれからでもいい。


「そうと決まれば……」


 ──まずは隣国のエアルトス。


 かの国のシンボルは風と雷を司る二柱の神。


 風神ボロムスと雷神レアヌスが生み出した魔女の力は未知数。しかし、神の力があれば魔女二人くらい仕留めるのは容易い。


 それに、リコには〈断罪ノ剣〉と〈審判ノ天秤〉もある。遅れをとるなんてことはありえない。


 でも、その前に──、


「少しばかり、休憩が必要かもしれませんね……」


 ミルニルの力を取り込み終えてから急激な虚脱感がリコの体を襲い始めた。きっと、大量の力を受容したせいで肉体に負荷がかかったのだろう。


 とは言え、一日あれば回復する程度の不調。それまで睡眠をとって……今後、に……


「──隙ありぃ」


 顕現したままの天秤に腰を預け、眠りに就こうとするリコを妨害する声。


 瞼を開くと、目前には大鎌を今まさに振り下ろそうとしている軽装の少女がいた。


 髪と同色の紫色の瞳がリコをしっかりと捉えている。


 ──殺すつもりだ。


 命の危険を察知したリコの意識は強制的に目覚めた。咄嗟の判断で身をひねり、その場から逃れる。


 身代わりとなった天秤が鎌の一撃を食らい真っ二つに割れ、光の粒になって消えた。


 あと少し反応が遅れていたらこうなっていたのはリコだっただろう。


「チッ!」


 渾身の一撃を回避された少女はその顔を恨めしそうに歪め、強烈な殺意をリコにぶつけてくる。


 己の背丈より長い柄の鎌を振り回すほどの腕力と、その重量でブレない軸の強さ。


 そして魔女であるリコを見る、殺気立った眼差し。


 間違いない。彼女は──


「魔族、ですか」


 リコは右肩に付いた砂埃をはたきながら立ち上がり、油断無く魔族の少女を見つめる。


 肯定も否定も返ってこない。


「……まあ、構いませんが」


 少女の正体などリコにとっては些事。計画を邪魔するというのなら誰であっても容赦はしない。


 大事の前の小事。早めに片をつける──!


「第一階位・【穿光センコウ】」


 リコは少女から十分な距離を取り、魔法を発動させる。


 天秤は壊されると一定時間顕現できなくなる。剣はそんな天秤とセットだ。


 そのため、今のリコの攻撃手段は魔法に限られる。


 他の魔女はそれが普通なのだろう。だが、これまで天秤と剣に頼ってきたリコにとっては苦痛でしかない。


「もっと練習しておくべきでした……っ!」


 照準が定まらない。バラついてしまう。間合いが掴めない。全体的に、精度が低い。


 少女を狙っているはずが光槍の全てが民家や街路樹、空を走る。たまたま少女の方へ向かっても鎌で弾かれてしまう。


 たかが魔族一人を相手に傷一つ付けられない。そんな醜態を晒す自分に腹が立つ。


「どうすれば……!」


 魔族の少女は【穿光センコウ】の弾幕を弾きつつ、じわりじわりと距離を詰めてきている。


 少し、また少しと近付かれる度、リコの焦りは増すばかり。


 既にジリ貧の現状を覆す手は、何か──


「──降伏します」


「……、何のつもりぃ?」

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