第24話 来たる光、迎える風雷
「──というわけでぇ、私達の信頼を得たいミルニルちゃんに頼み事があるのぉ」
【
とはいえ、彼女の押し付けがましい態度自体に思う所はない。……と言えば嘘になるが、信頼してもらうためならリコはどんな命令にも従うつもりだ。
問題はそこではなく──、
「その『ミルニル』という呼び方、やめて頂けますか? 私の名前とは言えないので」
「別にいいけど……どういうことぉ?」
首をかしげ疑問符を浮かべる少女に、リコは魔女の命名規則を説明した。
すなわち、魔女の姓は親にあたる神の名であるということ。その意味は魔女に帰属意識──リコには既に無いものだ──を与えるためである。
その説明を受けて少女は納得したらしく、「分かったぁ」と頷いた。
脇に逸れた話を戻すべく、リコは軽く咳払いをして、
「……それで、頼みとは?」
「やる気満々だねぇ。そんな闘志漲るリコちゃんに頼みたいのはぁ──」
勿体ぶるように、一拍。
「──隣国の魔女二人の打倒と、死体回収だよぉ」
満を持して告げられた内容に、リコはピクリとも反応しない。それは、頼み事とやらがリコの想像を絶するものだったから──ではない。
「……その程度でしたら、頼まれずともこれからする予定でしたのに」
「そうだったのぉ?」
リコが呆れ気味に「そうですよ」と返すと、少女は不服そうに唇を尖らせる。
どうやら、魔女への攻撃が元々の予定に組み込まれていたと知って肩透かしを食らった様だ。
しかし、それで何か不都合が生じるのかと言うとそういうわけではない。
『信頼に値する成果が欲しい』という要望であれば、リコがマウロ聖皇国を滅ぼした時点で既に応えている。なぜなら、魔族の目的は他種族の徹底的な排除だからだ。
しかし、今リコの目の前にいる少女、ひいてはその指示役であろう魔王が欲しているのは『誰にでも分かる成果』。
無論、一国の軍隊が魔女一人に劣るとまでは言わない。
しかし、魔女が脅威に足るということは無限に増え続ける〈土塊の魔女〉の件で
そして、誰しもがこう思ったはずだ。『魔女は優先的に排除すべき敵だ』と。
仮に魔女を一人でも倒したとなれば、その者が一目置かれるのは言うまでもない。
つまり、彼女らは見返りとしてリコに『地位』だとか『居場所』だとかいうものを与えようということだろう。
もしもこの憶測が全て正しいとしたら、魔王はかなりの策士だ。
敵を見て、民を見て動ける者。或いはそれこそが王であることの条件なのかもしれない。
リコは自身で勝手に深めた魔王の底知れなさに身震いと賞賛をしつつ、「では」と少女に一礼をする。
「ん、いってらっしゃぁい」
つい数分前は躊躇いなく殺そうとしてきた魔族の少女に見送られる形で、リコはその場を後に──
と、二、三歩進んだ所であることに気付いて、振り返る。
「そういえば、まだお名前を伺っていませんでしたね」
「私の名前はビオ・ラヴァース。〈執行者〉って呼ばれることもあるけど、可愛くないから好きじゃないかなぁ」
「……〈執行者〉、ですか」
物騒な響きに思わず身構えてしまうリコ。
そんな彼女の緊張を気に留める様子もなく、魔族の少女──ビオは繕わない言葉で言った。
「魔王様を裏切った人達を殺す役割だよぉ」
「な、なるほど……」
──どうやら、自分はとんでもない相手に目をつけられてしまったらしい。
少しでも変な動きを見せたら彼女が殺しにくるということだろうか。
だとしたら、これからは【裁キノ光】以外の魔法を練習した方がいいかもしれない。
その思考を読み取られないよう笑顔を作り、リコは今度こそその場を後にした。
◇
先進国と名高い中央諸国の一角でありマウロ聖皇国の隣国、エアルトス。
かの国の象徴である二柱の神──風神ボロムスと雷神レアヌスの偶像は、
しかしそれは、人々が吹きすさぶ暴風と轟く雷鳴から連想したものに過ぎない。
きっと、これまで偶像を崇拝してきたエアルトスの国民は本来の彼らを目にしたら全力で否定するだろう。
『こんなものが風神様と雷神様であるわけがない』と。
ゆえに偶像は偶像のまま。ボロムスとレアヌスは民の前に顕現せず、天上よりエアルトス王国の動向と二人の魔女を見守っていた。
そして、二柱の神は目撃する。
──我が子らの元へと向かう、純白の殺人鬼の姿を。
しかしそれを知ってもなおボロムスとレアヌスは神界から動こうとはしなかった。
『これは
神々が魔族への対抗策を講じようとした際のボロムスの意見。
無論、そこには誇張も虚飾も脚色もない。ではそれで納得あとは魔女に任せよう──などと簡単に折り合いが付くはずがない。
「自分の子供の戦いを見てることしかできないって、そんなの無いよ……!」
レアヌスの怒りと焦燥が電流となってボロムスの肌を刺激する。
痛みが全身を支配する。常人であれば失神は免れ得ないであろう刺激に、しかしボロムスは耐えてみせる。
今は、常に『
ここで声をかけなければ彼女は行ってしまう。
行って、エアルトスを焼き尽くした後に残るものは何も無い。
魔女は残っても神は消滅を免れ得ないだろう。それでは意味が無いのだ。
二人の成長を見届ける義務が、自分たちにはあるのだから。
「……私は行く。それで、二人を助けてくるから」
「どうするつもりっスか。最低限まで力を抑えても、国が吹き飛ぶか焦土と化すのは避けられないんスよ」
「……ッ、貴方はどうしてそんなに冷静なの!? 自分の子たちが死んでもいいっていうの!?」
──これは、聞き捨てならない。
「そんなわけないッ! 目の前に取り乱してる奴がいたら嫌でもそうならざるを得ないってもんでしょう! それに──!」
語気を強めながら、ボロムスはエアルトス王国の状況が映し出された水晶を指差した。
そこに映るのは風の魔女と雷の魔女。並び立つ二人は目の前を睨みつけ、臨戦態勢に入っている。
その視線の先にいたのは天秤を背にして剣を構える〈光輝の魔女〉。
レアヌスが出るより早く、役者は揃ってしまった。
ここからは魔女達の戦い。ボロムスとレアヌスは己の子の魔力をバックアップしてやらねばならず、その場から動くことはテコでもできない。
「遅かった……」
レアヌスの肩が失意の底に沈む。
彼女の間違いはボロムスの言葉を聞いてしまったこと。まともに取り合うことさえなければ、あの場には間に合っただろう。
しかし、今更いくら悔やんだところで後悔は先に立たない。
そう告げるかのように、水晶の中で魔女同士が力をぶつけ合う。
幾度となく放たれる光線に立ち向かうのは銀色の風、黒い稲妻。
その勝負の行く末を、ボロムスとレアヌスは固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
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