第11話 蹴られた扉

「アタシが帰ってきたぞーッ!」


 乱暴に扉を蹴破り、砂漠の王国デザーテックの拠点へ戻ったジュード。


 吹き飛んだ扉は同居人である炎神フレイボルダに激突──するかと思いきや、その寸前で燃え尽きて灰と化した。


 フレイボルダは冷ややかな視線で彼女を出迎える。


「……あんなぁ、何度も扉を壊すな言うとるやないか」


「トドメに燃やしたのは親父だけどなー」


「やかましいわ! ……まったく、アローの気持ちも今なら分かるで」


 フレイボルダはそれはそれは深い溜息を吐き、遠い目で「やっぱり似るもんやなぁ」と零す。


 ジュードの行いに思うところがあるのだろう。が、当の本人はそんなの知ったこっちゃないとばかりに話を進める。


「それで、一体何の用だ?」


「……とりあえず上がり。話はそれからや」


 フレイボルダにしては珍しい、やけに神妙な面持ちだった。


 今までにない空気の重さに辟易しながらジュードは居間へ向かう。


 広さ五畳。部屋の中心にはちゃぶ台と、それを挟むようにして紫色の座布団が二つ置かれている。


 二人は互いに見合う形で腰を下ろした。


「さ、耳ん穴かっぽじってよく聞きや。〈土塊の魔女〉ナバル・ガルガムの守護する国が、魔族の襲撃にうた」


「────! それは本当なのか親父!」


 走る戦慄。


 淡々と告げられた事実にジュードは驚きを隠せない。


 直接の面識こそ無いが、自分と同じ魔女ということでナバルには親近感があった。


 もはや心の友と呼ぶべき者が危険な目に遭っているのだ。これを心配せずにいられるだろうか。


「なあ親父! アタシも今すぐビィステリアに──」


「残念やけど、それは認められんな」


「っ、どうしてだよ!」


「どうしても何も、アンタにはこの国を守るっちゅう役目があるやないか。まさか忘れた訳やないやろ?」


「でも、同じ魔女なら助け合いが必要なはずだ! それとも、親父はナバルがどうなってもいいって言うのかよ!」


 しつこく食い下がるジュードをフレイボルダは鼻で笑う。その時の表情ときたら、まるで「何も分かってない」とでも言いたげだ。


 彼はちゃぶ台から身を乗り出して抗議するジュードを押し戻し、溜息を吐いた。


「なにも、どうなってもいいとまでは思っとらんで」


「だったら!」


「けど、力の制御も碌にできへん未熟もんが行ったところで何ができる? 邪魔するつもりで行くんとちゃうんならやめぇや」


「…………ッ」


「状況を悪化させるだけなら、手を出さん方がマシっちゅうもんやで」


 実力不足を引き合いに出され、何も言い返せなくなってしまう。


 事実なだけにそれが悔しかった。


 なら、文句無しの実力を持っていれば、ナバルへの助太刀を認めてくれただろうか。


 答えは否である。ただし、フレイボルダが頑固だからではない。


 炎神を信仰するこの国の存亡を、心より憂いているからだ。


「……そうか」


 ──少し考えてみれば、すぐに分かることだった。


 神は人の信仰心無くして存在し得ない。


 国は神の存在無くして繁栄し得ない。


 相互依存の関係が片方の破滅によって終わりを迎えた時、残された一方はどうなるか。想像は容易だろう。


 つまり、フレイボルダを信仰する者がいなくなれば彼は消滅してしまう。


 逆もまた然り。フレイボルダが消滅してしまえば、デザーテックは滅亡の一途を辿るだろう。


 ジュードはどうしてもそれをフレイボルダの口から確認したかった。


 自分の間違いを改めて認識するために。


「なあ、親父。もしこの国が滅んじまったら、親父は……」


「そん時は消えるやろな」


 変えようのない結末に観念しているつもりなのだろうか。なんとも素っ気ない口ぶりだ。


 神が魔女を生み出したのは、神に代わって魔族から人間を守るためだという。


 ジュードがここを離れてしまったら、一体誰がデザーテックを守るのか。


 少なくとも現状、他の魔女を顧みている場合でないのは確か。


 これを薄情と思う気持ちは不変だ。しかし、デザーテックを守ることがフレイボルダを生かすことに繋がるというのなら──、


「──だったら、アタシはこの国で戦う」


 再燃。ジュードの心に、再び火が灯った。


 決意を新たにした彼女の頭を、フレイボルダが優しく撫でる。


「そう。それでええんや」


「……他でもない、親父のためにぃぃ痛だだだだだっ!?」


 フレイボルダは撫でるのをやめ、その手をジュードの顔面に持っていき、鷲掴みにした。


 ──何故?


 何も分からぬまま眉の両端近くの骨を親指と中指で圧迫され、思わず悲鳴をあげる。


「痛いっ! はーなーせー! 離せよー!」


 ギャーギャー喚く声が耳障りになってきたのか、フレイボルダはその手をパッと離した。


「なっ、いきなり何すんだよ親父……!」


 ジュードはズキズキする痛みを我慢して、フレイボルダを涙目で睨みつける。


 しかしフレイボルダはそれを受け流し、「あんなぁ」と語りかけてきた。


「ワイのためっちゅうんは嬉しいんやけど、心構えとして感心せんな」


 意味が分からない。嬉しいならそれでいいのではないか。


 ──なんて言ったらまた顔を鷲掴みにされそうなのでやめておく。


 ジュードは黙ってフレイボルダの次の言葉を待った。


「魔女の使命は人間の守護やん。やのに『ワイのため』はおかしいやろ。そこは『人のため』ちゃうんか?」


「でも、親父を消させたくないってのは本心だし……」


 目を潤ませて口を尖らすジュードの姿に何を思ったのか、目を見開くフレイボルダ。


 やがて諦めがついたかのように嘆息すると、もう一度ジュードの頭を撫でてくる。


 先程と同じ展開はこりごりだ。ジュードは余計な口を挟まず、素直にそれを受け入れた。


 小麦色の前髪が額をくすぐる。


 予想よりも荒っぽさのない優しい撫で方。ずっとこうされていると、あまりのこそばゆさに眠気が差してきそうだ。


 ──そんな和やかな雰囲気は、フレイボルダの一言によってぶち壊される。


「せや。扉は自分がどうにかするんやで」


「うげっ」

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