第一章

〈土塊の魔女〉

第3話 大地神ガルガム

 大地を司る神・ガルガム。


 彼はアローの元に集う神々の中で、最も彼女への忠義心が高い神である。


 その程を態度で示すため、彼はいち早く『代行者作戦』に取り掛かった。


「形状は……考えるまでもないか」


  人間を守る役目を負うのなら人型一択だ。翼の無い天使がいてもいいかもしれない。そんなことを考えながら、ヒトの形そのままに造形する。


 一瞬だけ、猫や兎の耳でも付けてみようかと思ったのは内緒だ。


「……気を取り直して、次は性別だな。強大な力を持った男は畏怖でなく恐怖の対象になりかねないだろうから、女型が無難か」


 思考を巡らせながら、あたかも粘土を捏ねるようにして神のを操る。


 血液のように体内を循環する、目に見えない力。それが気と呼ばれるものである。


 気を操る素質の有無は、その総量によって決まる。つまり気が多ければ多いほど、より緻密な操作が可能となるのだ。


 ガルガムの気の量は最高神であるアローに勝るとも劣らない。これはガルガムが、全世界の大地を司る神であるためらしい。


 『創世神アローや彼女によって創られた世界との関係の深さを表しているのが気である』というのがガルガムの見解だった。


 実際に、代行者を創り終えるまでは。


 今ガルガムの眼前には一人の女がいる。そのように設計したのだから当然だ。しかし──、


「なんだ、この気の波は一体……」


 その代行者が持つ気の波形は、明らかに常軌を逸していた。


 代行者の力は神に劣る──その大前提が覆ってしまったかもしれない。


 しかし、なぜこうなってしまったのか見当がつかない。どこかで手順を間違えたにしても、ありえない結果だった。


 …………いや、そもそも。


「そもそも、代行者の持つ力は果たして『気』なのか……?」


 じぃっと、目の前にいる女を睨みつけるガルガム。


 いや、少々語弊がある。睨みつけるという言い方は第三者から見た際のそれであって、ガルガム本人にそのつもりは一切無い。ただ元からの目つきが悪いだけなのだ。


 しかし、それでも凄味というものはある。たまにアローから「もっと神らしく慈愛で満ちた表情を作れないのか」と指摘される程には。


 そんなガルガムの視線を受けても代行者が動じないのは、ただ『人間らしさ』というものを教えていないから。


 だから睨まれたところで疑問を抱かないし、視線から逃れようともしない。


 ガルガムにとって、これほど都合のいい観察・分析の対象は無いだろう。


「なるほど、この波長……もしやそういうことなのか?」


 と、ガルガムは答えを得たかのように眉を上げる。


 ──結論から言うと、代行者の持つ力は気ではなかった。


 彼女がその身に宿していたのは、ガルガムでさえ初めて認識した名も無き力。彼は、この力を気の下位互換と定義した。


「……ふむ、両替か」


 自分で言って、何と分かりやすい喩えなのだろうと自画自賛してみる。


 事実、ガルガムの表現は的を射ていた。


 某国の通貨に置き換えて考えよう。


 千ペイ札を百ペイ硬貨十枚に両替すれば実質的な価値こそ変わらないが、は多くなる。それと同様の現象がガルガムと代行者との間で起きたのだ。


 無論ガルガムが千ペイ札、代行者が百ペイ硬貨である。


 何はともあれ、代行者の創造は無事に成功した。問題はこのあとだ。


 大人の姿をしてはいるものの、創りたての代行者は無知な幼児に等しい。神は親として、代行者を育てる義務がある。


「人間の真似ではないが名付けでもしてみるとしよう。さて、どんな名前が似合うか──」



 ──大地神ガルガムより創世神アローに報告。代行者の創造に成功。名は、ナバル・ガルガム。

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