第4話 心の繋がり
「──あれからもう三週間か……」
物思いに耽りながら、ガルガムは細い溜息を吐いた。
物事は実にトントン拍子で進んでいった。
他の神々も先駆者である彼の考えに沿って代行者を創造、教育し、差はあれど個性の獲得や力の制御に成功したという。
また、代行者の持つ力には『魔力』という名が与えられ、それに合わせて代行者は『魔女』の称号を得た。
これでいつ魔族が攻めてきても問題は無い。無いのだが──、
「魔族共め、一体いつ侵攻を開始するというのだ……。これも作戦の内だとでも言うのか?」
──そう。あの魔王の宣言以降、魔族側の動きが一切無いのだ。
ガルガムの知らぬ所で何かあったとしても、アローから連絡が来る。かの女神は人間界全体の様子を探るため神界に常時君臨しているので、襲われる心配もない。
ともすれば問題があるのは魔族の方になるわけで──
「──人間への復讐を宣言したのにも三百年かけたわけですから、多少呑気なのは種の特徴と捉えるべきでは。かなり長命ですし」
椅子に座るガルガム以外の余計なものが見当たらない殺風景な部屋。そこに、凛とした声が入ってきた。
ガルガムが創り出した魔女ナバルだ。
彼女の言葉に「言われてみればそうかもしれない」と頷き、ガルガムは立ち上がる。
ナバルの言う通り、魔族は長命だ。神の半分にも及ばないとはいえ、百年単位の寿命を持っている。その中で生活観が形成されれば、時間にルーズになるのも頷けるというもの。
こうして理屈をこねることで、ガルガムは自身の焦りを自覚した。
「……聞いていたのか、ナバル」
「と言うより、聞こえていました。神と代行者の心は繋がっているので」
「……ああ、そうだったな」
ボーッとしていた自分に喝を入れるように頬を叩く。何となく気合いが入ったような気がした。これはいい。
……と、ふとナバルの持つ巾着袋が広がった視界に入る。彼女の背丈ほどあるそれに、なぜ今まで気付けなかったのか。
「ナバル、それは?」
「ガルガム様を信仰している者からの贈り物……いえ、供物と言うべきでしょうか」
言語化が上手くいかなかったのがもどかしいのか、渋面を作りながらガルガムに巾着を手渡してきた。
見た目よりも軽い。一体何が入っているのだろう。いち早く中身を確認したかったガルガムは、受け取った巾着の紐を
「まるで誕生日に贈り物を貰った子供のような顔になっています、ガルガム様」
「封を開ける時は童心に返りたくなるものだ。もっとも、私に幼少期など存在しないがな」
「それは悲しいですね」
「同情は不要だ。何よりお前だって同じだろうに」
「ですが完全な状態で生まれたガルガム様と違い、私には育ててくださっている親がいます」
「……ふん。親──か」
戦わせるためだけに
「これは、杖ですね」
「…………あぁ」
自分のあまりの不甲斐なさゆえに、ガルガムは目元を手で覆った。
「ガルガム様、どうかなさいましたか」
「いや、ナバル。これは……」
こうなってしまっては仕方無い。ガルガムは覚悟を決めて打ち明けることにした。
「この杖、実はお前に贈るために鍛冶師に造らせたんだ。造り終えたら供えるよう頼みはしたが……」
──完全に油断していた。まさかこんな形で渡すことになってしまうとは。
本当は、初めから自分の手で贈るつもりだった。もっと驚かせたかった。喜ばせたかった。
しかしこんな状況であっては風情もへったくれも無い。ナバルも間違いなく落胆して──
「──ありがとうございます、ガルガム様。心より嬉しく思います」
「喜んでくれるのか……?」
「勿論です。貴方は私の親なのですから。如何な形であれ、家族から贈り物を頂いて嬉しくないわけがありません」
ナバルはそう言うと、普段は硬い表情筋を使ってぎこちなく微笑む。
「…………そう、か」
彼女の健気さにガルガムは胸を打たれた。
なんて馬鹿なんだ、と。自分を親と慕ってくれているナバルに対して「どうせ喜んではくれまい」などとたかを括るなんて。
それは最早裏切りに等しい行為ではないか。ならば、自分はどうするべきだったのかと自問する。
生まれながらにして完全であるガルガムに親など存在しない。今まで親になったことも、一度たりとも無い。
人間界の生き物とは勝手が違うのだ。そんな者に親が務まるとも、ガルガム自身思っていなかった。しかし、今ならどうすればいいのかがはっきりと分かる。
「──私は、お前を信じる」
彼女の全てを信頼して、託す。この
今は──否。これからも、それで十分だ。
ガルガムにとっても。ナバルにとっても。
なぜなら、二人は心で繋がっているのだから。
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