第28話 似た者同士

「きみの相手は僕だよっ!」


 言うが早いか、ネルは空気塊を眼前の魔族へと放つ。


 詠唱不要という有利条件。それを活かして先手を取る。


 速さなら大抵の相手には負けない自信がネルにはあった。


 その初撃を、躱されるまで。


「あっぶなぁい」


 軽やかな足取り。柔軟な肢体。


 踊り子も泣いて逃げ出しそうな程しなやかな動きで躱し、跳躍し、身を捻る。


 姿を捉えているというのに、空気塊が当たる気配はない。


 それだけならいい。しかし魔族の少女は魔法を避けつつ、接近を試みているようだ。


 当然、懐に入られればその時点で死が確定する。


 イスカも既にリコと交戦中のため、援護は一切期待できない。


 二対二の戦いは各個撃破が基本だが、相手一人だけでも二人分の厄介さ。実力不足、役者不足も甚だしい。


 〈土塊の魔女〉のように増えることができれば、もう少し有利に戦えただろうか。


「なんて、ねっ!」


 生じた雑念を振り払うようにネルが風の刃を放つ。


 ──希望的観測たらればを戦いに持ち込むな。撃退するための動き、今はそれだけを考えろ。


「速度上がってきたねぇ」


「まだまだ上げるから!」


 ネルの返しに尚も表情を変えず、風刃を大鎌で断ち切る魔族の少女。


 それも初めの一発だけではない。矢継ぎ早に繰り出したニ撃目、三撃目、四撃目。その全てが、断たれる。


 如何なる金属も切り裂く風刃を、破片一つ飛ばさずに打ち消す鎌。あれの強度は異常だ。何らかの魔術で強化されているのだろうか。


 ならば、やりようはある。


 強化魔術──特に武器の強度を上げるものは、そのほとんどが酷使によって劣化する。


 故に効果的なのは力押し。魔法を使って使って使いまくり、魔術によるコーティングを損耗させる。


 幸い魔力はボロムスがバックアップしてくれている。魔力切れの心配は要らない。


「本気で行くよ。風杖・エルトナイヴ」


 右手を掲げ、己の杖をぶ。


 旋風がネルを包み、魔族の接近を許さない。


 これは杖を召喚する際の余波などではなく、ただの演出だ。格好を付けたいがためにネルが行使した魔法に過ぎない。


 が、そのひと手間は結果的に新たな攻撃の機会に変わった。


 河原の石が風に巻き上げられ渦を巻く。それらを周囲に発散させるイメージで旋風の魔法を解除。


「飛んでけっ!」


 ネルの号令と共に飛び散る石の弾丸は、まるで横に降りしきる雨のように隙間が無い。


 全て避け切ることは困難。否、不可能であろう。


 地形を最低限利用したネルの副産物的攻撃を、妖精族の少女は為す術なく受ける。


「うっ! い、いぃっ……!」


 鎌で防ぎきれなかった岩石が、少女の無防備な頭を、腕を、膝をつ。


 その度に浮かぶのは苦悶の表情。先程までの鉄仮面は剥がれていた。


「────ッ」


 攻撃を全て躱され弾かれた時には無かった、人を傷付けているという実感。


 今まで味わったことのない初めての感覚に、『本気で行く』と宣言したはずの心が、怯える。


 妖精族の幼い容姿も相まって、罪悪感が津波のように押し寄せてくる。


 これではまるで自分が悪者ではないか。


 確かに現代人が数百年前の贖罪をしなければならない道理は無い。しかし、同時に魔族の復讐を止める権利だって誰にも無いのではないか。


 むしろ幼気な少女を一方的に傷付けている自分こそが悪人なのでは?


 そう考えるネルの頭に人殺しの表情をした少女は残っていない。


 今あるのは傷や打撲を負いながらも向かって来ようとする果敢な勇姿。


「どうして、そこまで……」


「あなたの哀れみは、要らない」


 良心の呵責が生んだ憐憫。それを、この場にいる当事者の一人が真っ向から拒む。


 その眼に宿るのは、純粋な拒絶。外野の理解を必要としない確固たる自我。


 少女はネルと同じ色をした紫紺の瞳を細め、続ける。


「だって、私の傍にはエノテラ様がいるもんっ……!」


「ぁ…………」


 妖精族の少女の口から発せられた『エノテラ』という単語。


 それは紛れもなく、人類を滅ぼすと宣言した魔王の名だ。


 文脈からして彼女はその『エノテラ』と親しい人物なのだろう。もしかしたら〈練魔十騎〉とやらの一員かもしれない。


 そんな一部誤った憶測とは関係の無い部分で、ネルは声を引き絞った。


「きみは……」


 ──似ている。


 他者への依存による自己肯定。その精神構造が。


 ネルがイスカを心の支えとしている様に、この少女もまた『エノテラ』という存在に支えられているのだ。


 ただ、ネルのイスカへの依存は劣等感が原因である。


 それに対し、妖精族の少女がエノテラに抱くのはもっと別のもの。


 即ち──愛。


 名を呼ぶ瞬間に潤んだ瞳、紅潮した頬、熱の篭った口調からして一目瞭然。


 彼女は魔王エノテラを、愛している。


 その表情は『この気持ちは誰にも負けない』という自信に満ちている。


 相手に抱く熱量の方向性に違いはあれど、誰かを一途に思う少女への共感は、強い。


 故にネルにも分かることがある。伝わってくるものがある。


「きみは、その人のためならなんでもできるんだね」


「あはっ、わかる? エノテラ様のためなら命だって懸けるんだからぁ」


「…………。そっか、なら──」


 もう、揺るがない。


 彼女の愛を、覚悟を、踏みにじるような真似は、しない。


 ──全力で、立ち向かうんだ!

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