第30話 二つの正義
イスカは〈光輝の魔女〉リコとの交戦を選択した。詠唱を不要とするネルであればリコと大鎌の魔族、両者の優位に立てる。
しかし、イスカはネルではない。
魔族の方はおそらく近接特化。小柄なうえ鎧などの装備に乏しい分、素早さもあるだろう。
魔法名の詠唱終了から実際に発動するまでの間、ほんの僅かではあるが隙が生じる。そこを狙われたら『詰み』なので、そちらをネルに対処してもらう。
それに対し、リコはイスカとほぼ同じ条件下にある。
苦戦を強いられるのはどちらも同じ。なら、少しでも生存確率が高い方を選ぶ。
それがイスカなりに考えた『ネルの足を引っ張らない戦い方』だ。
「──第一階位・【
遠慮なく先手を取った〈光輝の魔女〉。彼女の正面に出現した純白の魔法陣から幾つもの光槍が撃ち出される。
それらはいずれも直線上を凄まじい速度で駆け抜けイスカを貫く──ことなく軌道が逸れ、木々を倒し、河原を抉る。
最初に見つかった時と全く同じ流れだ。狙われているのに、避けずとも攻撃が当たる気配が無い。
「目的は何? まさか自然破壊じゃないっしょ?」
「────」
違和感を覚え問いを投げ掛けるも、リコは沈黙を貫き通す。答える気は無いようだ。
その反応が、イスカの立てた仮説を真説へと昇華させた。
──〈光輝の魔女〉リコ・ミルニルは、魔法を制御できない。正確には『制御できる程の腕前ではない』と言ったところか。
初めは威嚇や撹乱のつもりかと思っていたが、第二波が無いためその可能性は捨ててもいい。
多少距離があるとはいえ、身を隠している訳でもないのにわざと外すことに何の意味があるのか。或いは、外しているのではなく外れているのかもしれない。
にも関わらず【
「もしかして、私で慣らそうとしてるとか?」
「あなたと問答するつもりはありません」
「やっと話してくれたと思ったらそれって。……つまんな」
軽い口調とは裏腹に、イスカの胸の内では苛立ちが募っていた。
──不快だ。実に、不愉快だ。
完全に舐められている。隙を見せても問題ないと思われている。
あまつさえこの戦いで魔法のコツを掴もうとしているというのだから慢心は相当なものだ。
「……雷杖、ジルワンダ」
その呼びかけに応じ、イスカの手元で迸る稲妻が黄玉の嵌め込まれた杖を形作る。
魔女の杖は不定形。それ故に携帯する必要はなく、その名を呼べば如何なる場所や状況でも顕現する。
このような神秘を内包した代物が人間界に住む一介の鍛冶師の手で造られたとは到底信じられない。どの業界にも職人というものはいるらしい。
雷杖ジルワンダを手にしたイスカを警戒してか、リコが数歩後ずさる。やっとそれらしい雰囲気になった。
「第一階位──」
杖の石突きを滾る感情と共に地に打ち付け、魔法の階位を定義する。
第一階位の性質は『放出』、或いは『射撃』である。
【
たった一秒。それだけの時間で、黄色の魔法陣がイスカをドーム状に覆い尽くした。ネルへの影響も考慮し、なるべく出力を抑える。
警戒を続けるリコをイスカもまた油断無く見据え、
「【
刹那の後、魔法が発動する。
イスカを起点として放たれるは
初めから甘さを捨て、傷付けることを
当然、
それでも、イスカは魔法を撃ち続けた。徹底的に。執着的に。
彼女はここで葬らねばならない。さもなくば魔族が更に力をつけることになる。
「ここまでやれば、流石に……」
──しかし。
「貴女の判断は正しい。……ただ、相手が悪かっただけですよ」
「────っ!」
そんな物言いをしたのは、イスカの眼前に瞬間移動してきたリコだった。
あまりにも唐突。しかし、勝負の最中に動揺は許されない。イスカは平静を装い、杖を構える。
「一体、どうなってるし……!」
「網の目が存外大きかったもので」
まさかあの雷の隙間をくぐってきたとでも言うのか。頭のネジが外れているとしか思えない発言に、イスカは忌々しげに舌打ちを打つ。
「──? それっ、て……」
と、そこでようやくリコの装備が目に付いた。
なんて事はなさそうだが神の力を秘めた一振りの剣。それとは対照的に、神々しさを全面に放つ天秤。どちらもネルの背後を襲った際に現れていたものだ。
しかし、それらを目にしてもイスカは冷静さを欠かずにいた。否、取り繕ったと言うべきか。
とはいえ体は正直だ。耳障りな心音や体温の上昇を自覚しつつ、イスカは翡翠色の双眸を細める。
「〈裁キノ剣〉じゃん……それに、天秤も……」
「おや、ご存知でしたか」
リコの反応は皮肉というわけでもなく、純粋に驚いているようだった。
知らないわけがない──いや、イスカに限れば、これはむしろ知っていなければならない類の知識でさえある。
雷神レアヌスこそ、
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