第8話 アホで最強のヒーローの初デート

 ゴリクマオトコ襲撃事件から一か月後、スーパー”ニクニクマート”は営業を再開していた。


 壊れた窓ガラスや陳列棚などは、新しい物と交換され、その他壊されていた箇所は綺麗に修理されていた。店長黒原はその問題のある行動や、言動から他の店へと異動となっていた。


 阿多はまた、何も変わらないスーパーの業務をこなす毎日に、舞い戻っていた。


 阿多には実は、好きな女性がいる。スーパーのお客さんの一人、東野愛花(ひがしのあいか)であった。


 店でよく話し掛けられて、何度か顔を合わせる内に、好意を持ったのである。しかし、阿多はネガティブで自信がない性格であった為、ルックスの良い愛花を、デートに誘う事が出来なかった。


 そんな阿多だったが、最近、変化が見られるようになってきた。


 怪人との戦いで、自分もやればできるという自信を持つことが、出来たのである。阿多は、愛花と話が盛り上がったタイミングで、デートを誘おうと決意する。


「愛花さん、もし良かったら、今度の日曜日、二人でS市の遊園地に、遊びに行かないですか? 新しいアトラクションが、オープンするらしいんですよ。今までにない、斬新な乗り物みたいなんです。愛花さんが他に予定がなければ、いいんですけど……」


 


 阿多は、ちょっと自信なさげに、愛花の顔を伺う。愛花は、一瞬戸惑いの仕草を見せたが、しばらく考えて答える。


「いいですよ。その日は、予定がないんで。私も、そのアトラクション、興味があったんで、よろしくお願いします」


 愛花は、阿多の方を見て、微笑む。阿多は、断られると覚悟していただけに、興奮して飛び上がる。


 阿多は、自分のはしゃいだ行動に、愛花が引いているのではと、一瞬、表情を確認し、照れた表情を浮かべ、申し訳なさそうにうつむく。愛花は、そんな阿多を見ても、微笑んだままだ。


 阿多は、愛花と連絡先を交換し、愛花は店を後にする。阿多は、小さくガッツポーズし、また、仕事を頑張るのであった。


 デート前日、阿多は期待と不安で、なかなか寝付けないでいた。デートプランは、綿密に考えたが、女性との付き合いに慣れていない阿多は、落ち着かないで、色んな思考が溢れていた。


 どんな話題で愛花とのデートを、盛り上げようかと考えていたその時に、ふと左手の腕時計型変身装置、ブレストが目に入る。自分がヒーローである事を、話すべきか……。


 いや、それは絶対に出来ない。普通のヒーローは、自分や周りの人達に、危害が及ぶから、自分の正体を話さないのが、セオリーだけれども、自分の場合は違う。


 自分はそう……キモクサマンと呼ばれているのだ……。絶対に知られたくないし、知られちゃいけない。


 この間の事件で、お漏らしをして、オナラで市民を病院送りにした。嫌がる女性に抱き付き、お触りもした。


 これらの最低の行為をしたことが、ニュースで報道されている。正体がバレれば、自分は愛花に確実に嫌われる。


  愛花だけではない。もうこの街では、恥ずかしくて申し訳なくて、自分は住めない。阿多は、絶対に正体がバレないように、注意しようと決心する。


 阿多は再び、ブレストに視線を移す。明日のデートの時、まさかとは思うけど、怪人と出会うかもしれない。


  ブレストを念の為に、装着して行くかと、阿多は考える。変身すると、お漏らしもするから、オムツも履いといた方がいいなと、準備する。


 自分はホントに心配性だなと、苦笑いしながら、再び、床に就く阿多であった。


 しかし、阿多の予感は、的中することになる……。


 悪役怪人協会幹部にして、千人以上の人間を、惨殺してきた最悪の怪人、カマキリンと遊園地で死闘する事になるのであった……。



   *   *   *   *



 デート当日、阿多は、愛花と駅で待ち合わせをして、電車でS市の遊園地に向かった。


  阿多は、初めてのデートで、緊張していたものの、愛花が会話中に笑顔でいてくれているので、安心して少しずつ緊張が和らいでいった。


 そして、楽しく会話しながら、遊園地に着き、目的のアトラクションに向かう。話題のアトラクションということで、人で混雑していたが、二人は楽しい時間を過ごしていた。


 時間も昼食時となり、二人も園内のフードコートで、ランチを取ることにした。


「愛花さんはランチ、何にするんですか?」


「うーん、そうだな、私はパスタにしよっかな?阿多さんは?」


「自分はあそこにある、ラーメンにしようと思っています」


「確かにラーメンもいいなぁ。あ、阿多さん。私に敬語とかいいですよ。もっとフランクにいきませんか?」


「え、そうですか?自分はそういうの苦手でありまして、申し訳ないです。では、これからは敬語なしということで……。よろしくお願いします」


「もう、固いなぁ」


「申し訳ないです……」


 二人はそんな会話をしながら、昼食を取っていた。愛花は、この不器用だが、真面目で誠実な青年を、好意的に見ているようであった。阿多も、この愛花との時間を、幸せに感じていた。


  二人が昼食を食べ終わり、フードコートのテーブルで、ゆっくり会話していると、遠くの方が騒がしい。


 よく聞けば、人々の悲鳴声が聞こえる。物が倒れる音、人が大勢走って行く音なども聞こえる。


  阿多は、かつて味わった事のある感覚を思い出す。そう、自分の職場で、怪人と遭遇した時のあの感覚だ。


「怪人です!皆さん、避難してください!!」


 遊園地の従業員らしき人が叫び、園内の人々を誘導している。園内は一瞬にして、パニック状態になる。


 阿多は、騒ぎの起こっている方角を見る。逃げ惑う人々の後ろで、緑色の物体が暴れている。


 その物体は、カマキリを人間ぐらいまで巨大化させたような生物で、両手の先に付いている大鎌が、特徴的な生物であった。


「カマキリの怪人か」


 阿多はそう言うと、自分の食べ終わっていたラーメンに備え付けていた、コショウの瓶を握り締め、怪人に向かって走り出す。


  怪人の目の前まで距離を詰めると、コショウの瓶の蓋を開け、怪人の目に向かって投げる。


「ぐあああ、目が……」


 コショウの瓶は、怪人の目に直撃する。コショウの粉末が怪人の目に入り、怪人は視界を失い、のたうち回り叫ぶ。


  阿多は、怪人の動きを封じたことを確認し、再び愛花の席へと、走り戻る。


「愛花さん、こっちだ」


 阿多は愛花の手を取り、出口の方角へと走り出す。愛花は、阿多の普段見せない男らしい頼りになる行動に、心臓の高鳴りを感じ、顔を赤らめる。


「おのれぇ、さっきの変な物を投げ付けたヤツ。一瞬だったが顔を覚えたぞ。絶対切り刻んでやる。ちきしょう、目が痛いぃぃ」


 怪人は目を抑え、その場にうずくまる。園内の人々は出来るだけ怪人から、離れるように逃げ惑う。


 一瞬にして、楽しい空間だった遊園地は、緊迫した現場へと変わってしまった……。










 








 
















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