第12話 S市で一番の嫌われ者

「本当だ!キモクサマン! 嘘じゃない! 信じてくれ! 何でもするから、頼むよ。あ、そうか。あのパンダの乗り物が、欲しいんだな? 幾らでも、買ってあげるから。助けて! お願い」


カマキリンは近付いて来る、キモクサマンに対して、膝を付いて、必死に命乞いをする。キモクサマンは、カマキリンの目の前で足を止め、カマキリンの顔を見る。


ウインドキッドは、キモクサマンがどんな行動に出るのか、全く予測がつかなかったので、じっとその様子を凝視する。


次の瞬間、キモクサマンは右腕を振り上げ、カマキリンに、思い切り振り下ろす。ぐしゃっという鈍い音と共に、カマキリンの上半身が砕け、肉片が飛び散る。


カマキリンは、キモクサマンの一撃のもとに、絶命した。


ウインドキッドは、呆然と立ち尽くしたまま、その様子を見ていた。


自分が必死で技を繰り出しても、受け付けなかったあの強固な怪人を、まるで、プリンを潰すが如く、簡単に潰してしまう、キモクサマンの強さに、愕然とする。生物としての、強さの次元が違うのだと、ウインドキッドは実感する。


「あのアホには、交渉は通用しないのか……」


ウインドキッドは冷静になり、ポツリと呟く。


もし、彼が怪人の言葉を信じ、怪人を見逃していたなら、この先、どうなっていただろうかと考える。新たに犠牲者が、増えたのではないかと、恐怖を感じる。


あのアホは意外に、非情な男かもしれないと、ウインドキッドの頭をよぎる。


まぁ、そもそもあの男は、言葉を理解しているのだろうかと、感じるところもあるのだが、結果としては良かったと、ウインドキッドは思った。


どちらにしても、今回の一件で、ウインドキッドは確信したことがある。


キモクサマンを絶対に、敵に回してはいけないと。


   *   *   *   *


阿多が目を覚ますと、そこは見たことのある天井の光景であった。英雄仮面同盟の本部の一室か? 阿多は以前も、ここで寝ていた経験から、そう感じた。


「阿多くん、ご苦労様。今回も、大活躍だったな」


聞き慣れた声の持ち主は、駄段のものだった。


「僕はあの怪人を、ちゃんと倒せたんですか?」


阿多はボーッとしている頭を抱えながら、駄段の方を見る。


「あぁ、今回も一撃で勝利した」


「そうですか。良かったです」


阿多は、ほっと胸を撫で下ろす。


「あ、そうだ。愛花さんは? 連絡を取らなきゃ」


阿多は、自分の携帯電話を必死に探す。ベッドの脇のテーブルの上に、見覚えのある携帯電話とキーケースを見つける。


阿多は、急いで、愛花に連絡をする。呼び出し音から通話に、直ぐに切り替わる。愛花の大丈夫なのと言う、心配そうな声が、聞こえてきた。彼女は何度も、阿多の携帯電話の方に、連絡してきたらしい。


阿多は自分も無事だし、怪人もヒーローによって倒されたことを愛花に伝えると、愛花の声は普段通りの明るい声に戻った。


阿多は、今日のデートが中断したから、今度また、埋め合わせをするよと言って、愛花との電話を切る。


そして、阿多はこの日、ある決断をしていた。


阿多は、重い身体を引きずりながら、英雄仮面同盟の本部を後にし、自宅のアパートに帰る。テレビの電源を入れ、夕方のニュースに、チャンネルを合わせる。


遊園地の事件のことが、報道されていた。阿多はもちろん、自分が関わった事件のことなので、食い入るようにニュースを見る。


お母さんを怪人に殺されたと、泣いている女の子の映像が写し出される。今回の事件の死者は三名。どの犠牲者も家族連れで、遊園地に来ていたらしい。


阿多は、天井を見上げ、悲しい気持ちになる。


また、自分が救えたかもしれない命を、救えなかったと……。


もし、自分がもっと早く、怪人の存在に気が付き、変身していれば、救えたかもしれないという後悔の念が残る。


と、同時にあの場面では、愛花さんを無事に逃がすことが最優先だった。自分の行動に、間違いはなかったと考える自分もいる。


もう、こんな思いをしたくない……。。誰にも、死んで欲しくないんだ……。


阿多は、本気でヒーローをやろうと決断をする。災いをもたらす怪人を、全て倒してやると決意する。


   *   *   *   *


変わったのは、阿多の気持ちだけではなかった。


「阿多さん、どうか、私を弟子にして下さい!お願いします!」


ウインドキッドこと山田の、阿多に対する態度が、ガラリと変わったのである。


山田は、カマキリンとの戦いで、負傷していた為、しばらくの間、入院していた。今日、やっと一人で動けるようになり、退院出来た矢先に、阿多の勤務先のスーパーへ来て、弟子入り志願をしたのである。


「い、嫌ですよ。僕は弟子とか取らないんで。止めて下さいよ、山田さん」


「お願いです。師匠! どうか、私を弟子に。それに私の事は、山田と呼び捨てにして下さい」


「嫌ですよ。本当に困るんで、止めて下さい。山田と呼び捨てにするのも、抵抗あるし……」


「では、私のことは、山田くんとお呼び下さい、師匠!」


「師匠は止めて。僕がヒーローと関わってるの、みんなにバレたら、大変だから」


「確かに、そうですよね。キモクサマンの正体は、隠さないと、いけないってことですよね。分かってますよ」


「だから、声がデカイって!!」


これにより、阿多は山田と協力関係となり、スーパーの店員とヒーローの二足のわらじを、本格的に履くこととなる。


そして、阿多は本気で、ヒーローをやることにより、一ヶ月で二十体の怪人を倒すという、偉業を果たす。


その事により、怪人達からは"キモクサマンと出会った怪人は、必ず死ぬ"と、死神と恐れられる様になる。


その一方、キモクサマンが、活動すればするほど、S市市民への被害は、増大していった。


キモクサマンのオナラによる毒ガス被害、若い女性に対する抱き付き行為。


見た目、存在が不快だ、腹が立つ等のクレーム、批判など、ドンドン英雄仮面同盟の本部に寄せられていった。


程なくして、キモクサマンはS市市民から一番の嫌われ者となる……。








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