第29話 涙の変身
そんな駄段を横目に、阿多はマイクを持って話を続ける。
「もし、あなた達、怪人さん達が、今から心を入れ換えて、みんなの為にボランティア活動を始めるなら、僕は今までの悪事を許してもいいと思ってます。でも、今まで通り、悪い事を続けるなら……」
「ぶっ飛ばしてやるから、掛かってこい!」
阿多は、倉庫街側の怪人達を指差し、挑発する。怪人達は、どよめく。今にも阿多に襲い掛かって行こうかと、頭に来てる連中もいる。
阿多は、ふと大事な事を思い出し、市街地側を振り返る。
「あ、ゴメン、山田くん。オムツ履くの忘れたから、替えのパンツとズボン買っておいて」
阿多はちょっと照れながら、山田ことウインドキッドの方を見る。
「分かりました、阿多さん。これが終わったら、買いに行って来ます。あ、でも、今は山田じゃなくて、ウインドキッドですけどね」
ウインドキッドは、笑顔で阿多に答える。阿多さんはこの戦いに勝って、生きて帰って来るつもりだと、ウインドキッドは確信する。そして、この絶望的な状況に希望を見い出す。
「やっぱり、誰も改心しないみたいですね。分かりました」
阿多はマイクを置き、大きく息を吸う。
「僕の名前は阿多田他太(あたたたた)。ヒーロー名は、クレイジーフール! またの名を……」
「キモクサマン!!」
阿多は、倉庫街に向かって叫ぶ。場にいたヒーロー達、怪人達は一瞬動きが止まり、静まり返る。
阿多は背後側にいる愛花を感じ、目を閉じる。
この変身した姿を見たら、彼女は間違いなく自分の事を嫌い、離れて行くだろう。でも、自分はこの姿で戦わなければならない。
阿多は、静かに心の中で呟く。そして、一筋の涙を流す。
サヨナラ、愛する人……。
サヨナラ、愛花さん……。
「変身!!」
阿多は腕を交差させ、言葉を発する。左手首に装着されている、ブレストが反応し、阿多の身体は光に包まれる。
ブレストから回転音が轟く。そして、光の中からヒーローが現れる。
「ぐへへへへへへへへへへへ、ふご……、ごほっ」
そのヒーローは天を仰ぎ、下品な笑いをしていたが、無理して笑い過ぎて、咳き込む。
そのヒーローは頭に一輪の花が咲き、目にはゴーグル。そして、鼻水とよだれをこれでもかと、垂れ流している。身体にはプロテクターを纏い、黒のブリーフを履いている。膝とすねにもプロテクターを装着している。
最低、最強ヒーロー、キモクサマンの変身が完了する。そして、いきなりキモクサマンは漏らし出す。股間から聖水が流れ出し、足を伝って地面を濡らしていく。
あれが、噂のキモクサマン……。
ヒーロー陣営も怪人陣営も、驚きのあまり、言葉を失い、しばらく呆然と見ているだけだった。それほど、キモクサマンの出現は衝撃的であった。
「キモクサマン、会いたかったぜ。俺がぶっ殺してやるぜ」
竜の怪人は、目的の獲物を前にし、血が騒ぎ立っている。
しかし、他の怪人達はキモクサマンの出現により、行動を躊躇する。何故なら、怪人達の誰しもが恐れた、あのジンクスが怪人達の脳裏をかすめる。
"キモクサマンを見た怪人は必ず、死ぬ"と。
* * * *
ブラックハートは、川中橋上のキモクサマンを眺めていた。
「あの小僧が、噂のキモクサマンだったとはな。何か、他の奴とは違う物を感じていたが、そういう事だったのだな」
ブラックハートは微笑する。これが、初めての対面だな。ブラックハートは死神と呼ばれたヒーローを再度よく見る。
「駄段よ! これが貴様の最高傑作か? 一人でこの橋の中央を守らせるとは、強さによほど自信があるからであろう。面白い」
ブラックハートは対面側にいる、姿をあらわにした駄段に向かって叫ぶ。ブラックハートは振り向き、自分の背後に従わせている、怪人達の集団を見る。
「よーし、いいか? 貴様ら! あのキモクサマンを倒した者には、俺の次に高い地位を与えてやる。幹部の中の幹部だ。俺は世界を手にする。その、副指令となる地位だ。言わば、世界のナンバーツーだ。早い者勝ちだ。気合い入れて、倒しに行け!」
怪人達は士気が上がる。いかにキモクサマンと言えど、百人の怪人が一斉に掛かれば、人溜まりもないだろう。怪人達は、世界のナンバーツーと言う言葉に、欲が膨らんでいた。
一方、ヒーロー側でも、大きな動きが起こっていた。
「あの人、キモクサマンだったんスか? マジッスか? 何で今まで、黙っていたんスか?」
イナズマダンディーは、駄段に詰め寄る。
「キモクサマンの正体は、最重要秘密事項だったのだ。ワシとウインドキッドしか、知らない事実だ。誰だって自分の正体がキモクサマンって、知られたくないでしょ? みんなから嫌われてるから……」
駄段はテヘッと言って、舌をペロッと出す。イナズマダンディーは全然可愛くねぇよと思ったが、あえて口には出さなかった。
愛花は、ただ呆然と立っている。衝撃の事実を見せ付けられ、ショックを受けている様だ。ウインドキッドは、しばらくそっとしておこうと考える。
そして、スタアボウイが、アイスギャルの異変に気付く。
「大変です! アイスギャルの様子がおかしいです!」
ヒーロー達は、一斉にアイスギャルの方へと視線を移す。
「あれが、キモクサマン……」
アイスギャルはポツリと呟く。
「キモクサマン……。超カッコいい……」
アイスギャルは顔を赤らめ、モジモジしている。初めて見る、アイスギャルの乙女の顔だ。
ヒーロー達は、あれをカッコいいと言うかと、一同目を見開き、アイスギャルを二度見する。
鼻水とよだれを垂らしたい放題で、人前で失禁もしている奴だぞと、ヒーロー達は愕然とする。
アイスギャルは、嫌な視線を感じ、ハッと我に返る。
「今、私の感性をバカにした奴。そこへ並びなさい! 上半身だけ凍らせてやるわ! ジワジワとなぶり殺しにしてやるわ!」
ヒーロー達は、一斉にアイスギャルから視線を反らす。この人は、マジでやるからなと、全員恐怖を感じる。
怪人達が一斉に橋に向かって攻め込もうとした、まさにその時、この男が動き出す。
キモクサマンが、誰もが予想をしていなかった、行動をし始めるのであった……。
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