第30話 心配するな、いつも通りだ

キモクサマンは、橋の上から市街地の岸を見ると、まるでイタズラっ子がする様な、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。


「いかん! あの顔はマズい! あの野郎、何かやるつもりだ!」


双眼鏡で見ていた駄段が、キモクサマンの異変に気付き、皆に注意を促す。


キモクサマンはご機嫌にお尻をフリフリしながら歩き出し、尻を向け、立ち止まり、急に笑い出す。尻を向けた方角は、ヒーロー達のいる市街地側だ。


「やっぱりだ! あの野郎、方角を確認してから、こっちに尻を向けやがった!」


駄段がヒーロー側の者達に避難しろと、合図を送る。キモクサマンの尻から、毒ガスと同一レベルの危険な屁が、プウッと放たれる。橋の上から放たれた屁、いや毒ガスはヒーロー側の市街地の方へと流れ出す。


「あれを吸ったら、病院送りだぞ。みんな、息を止めろ!」


駄段が叫ぶ。屁は無情なくらいに、ヒーロー達に襲い掛かって行く。ヒーロー達は、慌てふためき、泣き叫ぶ。


「うおおおお、風よ! ダブル竜巻!」


ウインドキッドが両手を広げ、その手を前に伸ばす。両手から竜巻を放ち、市街地側から倉庫街側へと吹き抜ける風を起こす。


「えーい! 行けえええええ!」


発生した風によって、屁と言う名の毒ガスは、市街地側から倉庫街側へと押し流され、進路を変える。黄色く変色した空気、いや屁は、今度は倉庫街側の怪人達を襲い始める。


「ぐああああああ、く、臭いいいいい……」


怪人達は、悪臭ただよう屁に包まれる。皆、たまらず口と鼻を押さえるが、効果はない。次々と泡を吹いて、バタバタと倒れて行く。倉庫街は黄色く汚染された空気で満たされ、誰一人立っている者はいなくなった。


「はぁ、はぁ、やったぞ。危なかった……」


ウインドキッドは、両手を前に出したそのままの状態で、息切れをしている。


「何スか? 今の? あいつ、絶対、俺達を狙って攻撃して来たんスよね? マジッスか? あいつ、正気なんスか?」


イナズマダンディーが興奮して、ウインドキッドの両腕を掴み、揺すっている。


「心配するな。いつも通りだ……」


ウインドキッドは流れる汗をそのままに、イナズマダンディーの肩をポンと叩く。


「いつも通りって、何言ってんスか? 俺達、病院送りになる所だったんスよ。まともじゃないッスよ。駄段さん、ウインドキッドさんに何か言ってやって下さいよ!」


イナズマダンディーは、なおも興奮し、駄段に詰め寄る。


「大丈夫だ。普段通りだ……」


駄段は疲れた顔で、イナズマダンディーに答える。


イナズマダンディーは、二人の反応を見て、言葉を失う。これが、キモクサマンなのか。ウインドキッドが下がれと言った意味を、イナズマダンディーは理解し始める。


「それで、当時者のキモクサマンは、どうなっている?」


駄段は、ウインドキッドに確認する。


「あそこで、橋の下へ向かって吐いてます。恐らく、自分の屁を食らって、気持ち悪くなり、吐いていると思われます」


ウインドキッドは目を凝らし、キモクサマンの今の様子を駄段に伝える。


「怪人達は、今ので全滅したのか? まさか、な?」


双眼鏡を持った駄段は、黄色く変色した霧の中の倉庫街をじっと見て、怪人達の動向に注意を向けていた。


倉庫街から、黄色く汚染された霧が晴れていく。複数の人影が動いている。怪人達だ。怪人達はフラフラとなりながらも、ゆっくりと立ち上がろうとしている。


駄段は双眼鏡で、その様子を見ていた。


「思ったよりも、キモクサマンの屁が効いていないぞ。何故だ?」


駄段は首をかしげ、隣にいるウインドキッドに確認する。


「実は、阿多さんはオナラが臭い事をすごく気にしていて、ヨーグルトを食べ始めたんです。恐らく、それで腸内環境が良くなって、屁の匂いが緩和されたんだと思います」


ウインドキッドは神妙な面持ちで答える。


「何だとぉ! 健康に気を使った為に、屁の威力が半減したと言う事かぁ! こんちくしょー!」


駄段は頭を抱え、悔しがる。そして、状況を確認する為に、再び双眼鏡で倉庫街の様子を覗き込む。


怪人達の立ち上がって来る人数が、増えて来る。どの怪人も気分が悪そうな顔をしているが、ほぼ全員復活して来ている。


駄段は宿敵のブラックハートを、目を凝らして必死に探す。


「おや? どういう事だ?」


駄段はブラックハートを見つける。しかし、彼が思っている状況とかなり違っていた為、疑問が生じ、自然に言葉が漏れる。


ブラックハートは、泡を吹いて倒れている。他の怪人達が次々と立ち上がる中、一人だけまだ失神している。


奴の戦闘能力は、他の怪人の比ではない。なのに何故、奴の回復だけ遅いのだ、不思議だ。駄段は、想定外の事実に関して、色々と推察してみる。


もしかして、ブラックハートは強烈な匂いに対して弱いのではないか、駄段はこれは弱点ではないかと考える。


「ふざけやがって。よくもあんな臭い屁を俺達に浴びせてくれたな? 覚悟しろ、キモクサマン」


汚染された空気は完全に消え、ブラックハート以外の怪人達は臨戦態勢だ。自分達に臭い屁を食らわせたキモクサマンに対し、怪人達は怒り心頭に達している。


橋の上で吐いていたキモクサマンも復活し、今は鼻くそをほじって、あくびをしている。退屈そうな素振りで、橋の真ん中でぽつんと一人立っている。


「キモクサマン、ぶっ殺してやる!」


竜の怪人が、倉庫街側の岸から飛び出し、川中橋を渡って来る。先陣を切った竜の怪人に、遅れを取るなとばかりに他の怪人達も飛び出し、一斉に橋の上へと雪崩れ込んで来る。


「ウインドキッドさん! とうとう奴等、橋を渡って来たッスよ! どうするんですか? いくらキモクサマンでも、一人であの人数はヤバいッスよ! マジッスか?」


イナズマダンディーはまた焦り出し、ウインドキッドの両肩を持って、揺すっている。


ウインドキッドはイナズマダンディーの持っている手を無言で振りほどき、後ろにいる仲間のヒーロー三十名に話す。


「私達は作戦通り、キモクサマンの脇をすり抜けてこちら側に来た怪人を倒す。市街地に絶対に怪人を入れてはならない、分かったな?」


ウインドキッドは、ヒーロー達の士気を高める。ヒーロー達はおーっとそれに答える。


「イナズマダンディーよ。今から、よく見ておけ。あのキモクサマンが敵でなくて、本当に良かったと思う事になるぞ」


ウインドキッドは、静かに橋の上を眺めていた。


























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