第39話 愛する女性の言葉

キモクサマンはどどめの一撃のパンチを打つために、大きく腕を振り上げる。そして、ブラックハート目掛け、思いっ切りパンチを放つ。


その瞬間、ブラックハートの頭部のヘルメットの様な物が外れ、長い髪がバサッと風になびく。怪人の身体が黒い霧に包まれる。そして、キモクサマンのアゴを黒い霧の集まりが捕らえる。そして、彼はそのまま吹っ飛ばされる。


キモクサマンは地面に倒れ、激しく地面を転がっている。


ブラックハートは長い髪の毛をかきあげる。鎧は全て吹き飛ばされ、上半身裸の様な格好でいる。全身は黒い霧で覆われており、怪人は口を開く。


「ブラックハート、第二形態、暗黒モード」


ヒーロー達はその光景を見て、愕然とする。一番ショックを受けている駄段が、声を絞り出す様に言葉を発する。


「やられた……。奴も、奥の手、第二形態を隠していたとは……」


駄段はその場に座り込む。ウインドキッドもガックリと力を落とす。


「キモクサマンよ。今のは本当に危なかった。死ぬかと思ったぞ。第二形態を用意していなかったら、俺の方がやられていただろう。しかし、貴様の方が先に第二形態という切り札を使った。後の方まで取っておいた俺の勝ちだ。貴様はアホだから、分からないとは思うがな……」


全身を黒い光に包まれたブラックハートは、また余裕の笑みを浮かべている。そして、倒れているキモクサマンにゆっくりと近付いて来る。


キモクサマンはバッと立ち上がり、ブラックハートにパンチを放とうとする。しかし、ブラックハートはそれをすんなりと交わし、キモクサマンの顔面に蹴りを入れる。キモクサマンは血を流し、地面に倒れる。


倒れたキモクサマンから、ピンクの闘気が消える。ゴーグルから見えていたハートの目も消える。エロティックモードが終了した、その瞬間であった。


駄段は座り込んだ状態で、うつむき呟く。


「終わった……。何もかも、終わった。もう、何の策もない……」


ウインドキッドも、うなだれる。もはや、隣の駄段を見る気力もない。ヒーロー達も絶望で、誰も喋ろうとしない。重い空気だけが場を支配する。


キモクサマンはヨロヨロとしながら、立ち上がる。そして、ブラックハートの行く手を阻む様に両手を広げる。


「どうした? キモクサマン。そんなに、あの街には貴様にとって、大事なものがあるのか? ククク、面白い。ではなおさら、あの街の者達を殺さなければならないな。貴様には汚い股間をぶつけられたという、屈辱があるのでな。絶対に許さぬ」


ブラックハートは、市街地側のヒーロー達を睨む。ヒーロー達はビクッと怯え出す。駄段は座り込んで、うつむいたままだ。じっと動かないで、今の状況を絶望している。


ブラックハートは、通せん坊するような格好のキモクサマンを蹴り上げる。キモクサマンは宙でクルクルと舞うと、ドサッと頭から地面に叩き付けられる。


キモクサマンは仰向けに倒れ、虫の息だ。ヒーロー達からの立ってくれという声は、もう聞こえない。キモクサマンはよく戦ったよと、誰もがそう思っていた。


市街地側のヒーロー達は、静まり返っていた。迫り来る確実な死……。全員の脳裏にその言葉がよぎる。


「うわあああああ」


ヒーロー達の何人かが悲鳴を上げ、慌てて逃げ出す。他の者達はそれを制止する気力もないので、逃げて行く様子を寂しく見ている。


ウインドキッドは気力を奮い立たせ、声を上げる。


「キモクサマンが今まで、精一杯戦ってくれた。今度は我々が命を使う番だ。ブラックハートを少しでも足止めするんだ。分かっている。それは、何の役にも立たない無駄な事だと。しかし、我々はヒーローだ。目の前の市民を見捨てて、自分達だけ逃げる訳にはいかない。みんな、戦うぞ!」


ウインドキッドの声が、辺りに虚しく響く。ヒーロー達は誰も、その声に答えようとしない。皆、うつむき、口を閉ざしている。


ウインドキッドはその様子を見て、泣きそうになる。もう、彼等と人々の希望は完全に絶たれたのだと。世界は怪人に支配されるのだと。


絶望の市街地側のヒーロー達を見て、ブラックハートは高らかに笑う。


「フハハハ、とても良い表情だ。そうだ。貴様達は、これから俺に殺されるのだ。逃げてもいいぞ。結局は同じだ。刺客を送り、必ず殺すからな」


ヒーロー達はみな、呆然としている。駄段も、相変わらず座り込んで動かない。橋の上のキモクサマンは仰向けに倒れ、ぐったりとしている。


もう全て終わったのだ……。誰もが、そう思っていた時……。


「スイマセン、駄段さん。マイクを貸して貰えませんか?」


絶望の駄段の隣にいた愛花が、突如口を開く。駄段はその言葉に何の反応もしない。愛花はそれを見て、駄段の横に置いてあるマイクを手に取る。そして、ゆっくりと話し始める。


「阿多くん、聞こえてますか? 今は、キモクサマンだから、分からないのかもしれないけれど。もう、これで最期なので、私の気持ちをちゃんと伝えたいと思って、マイクを手に取りました」


愛花は、橋の上のキモクサマンをじっと見つめる。


「私は阿多くんの事が大好きです。愛しています。本当は、キモクサマンの貴方じゃない時に伝えたかった……。阿多くんは、私の事どう思ってたのかな? 貴方の気持ちも、ちゃんと聞きたかった……。ちゃんと伝えて欲しかったよ。もう、最後だから、あと一つだけ伝えるね。阿多くん、今までホントにありがとう……」


愛花は言葉を詰まらせ、号泣する。そして、その場に泣き崩れる。静寂の中、愛花の泣き声だけが聞こえてくる。ヒーロー達は、無言でその声を聞いている。誰もが悔しい顔をして、うつむいている。


ブラックハートは愛花を睨み、そして視線を足元のキモクサマンに移す。


「何だ? あのクソ女。くだらねぇ話をしやがって。キモクサマン、あれが貴様の女か? 俺は、あの手の女が嫌いだ。よし、決めた。まず、貴様を殺す。そして、駄段を殺す。その次にあの女だ。八つ裂きにしてやるから、楽しみにしてろ」


ブラックハートはあざ笑いながら、キモクサマンを見下ろす。キモクサマンは天を仰ぎ、空を見ていた。


その手の拳は強く握られ、プルプルと震えていた……。




































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