第38話 時間的制約

ブラックハートがキモクサマンに向かって走り出す。右の拳を固めて、キモクサマンの顔面を狙う。ドンという硬い物が砕ける音が轟く。


「ぐはっ」


ブラックハートの脇腹の部分の鎧が砕け、そのまま怪人はうずくまる。


「何だと……。貴様、一体何をした? この俺の目でも追い付けない程の動きだと……」


ブラックハートは脇腹を押さえ、ヨロヨロと立つ。キモクサマンの目にも止まらないパンチが、ブラックハートの身体を捕らえたのだ。キモクサマンは目をハートにしたまま、ブラックハートを見ている。


ブラックハートは飛び上がり、キモクサマンの顔面に蹴りを見舞う。キモクサマンは、ブラックハートの蹴って来た足を掴み、怪人の身体を地面に叩き付ける。


ブラックハートは苦悶の表情を浮かべ、キモクサマンからサッと離れる。


その一部始終を見ていたヒーロー達から、歓喜の声が上がる。アイスギャルは再び、キャーキャー騒ぎ出す。


キモクサマンは天を見上げ、ぐへへへへと下品に笑い出す。ブラックハートはキモクサマンを睨み付け、再び襲い掛かる。それに合わせてキモクサマンも、ブラックハートの方へと走り出す。


キモクサマンは飛び上がり、両手と両足を後ろに引いて、股間を付き出す。そして、その状態で股間をブラックハートの顔面にぶつける。


「ぐあっ!」


ブラックハートの顔面は、強大な圧力が掛かり変形し、口や鼻から出血をする。そして、豪快に吹っ飛ばされ、地面に引きずられる様に倒れる。


駄段は興奮気味に呟く。


「あの技は、キモクサマン股間アタックだ……」


驚いた表情でウインドキッドは、駄段をチラリと見て尋ねる。


「キモクサマンの必殺技の一つなんですか? これもエロティックモードの影響なんですか?」


「いや、ただ何となく言ってみたかっただけだ。それっぽい技の名を……。解説者みたいでカッコいいだろ? エロティックモードとは全く何の関係もない」


「じゃ、言うなよ!」


積もり積もった感情を吐き出す様に、ウインドキッドは駄段に突っ込む。


ブラックハートは頭を振りながら、ゆっくりと立ち上がる。脳震盪を起こしているのか、身体がフラフラとしている。しかし、身体に力を込め、キッとキモクサマンを睨み付ける。そして、呪う様に言葉を発する。


「貴様! 小便を漏らした汚い股間を、精練された俺の顔にぶつけて来るとは……。こんな屈辱初めてだ。八つ裂きにしてやる! いや、八つ裂きだけでは気が収まらぬ。生まれて来た事を後悔するくらいに、地獄を与え続けてなぶり殺しにしてやる!」


怒りのブラックハートは、再びキモクサマンに突進して行く。しかし、それを跳ね返す様にキモクサマンのパンチがブラックハートに炸裂する。再び、ブラックハートは転がる様に地面に倒される。


また、形勢逆転した。笑顔のウインドキッドは駄段に言葉を掛けようとする。が、駄段は浮かない表情をし、言葉を漏らす。


「喜ぶのはまだ早い。キモクサマンエロティックモードには、実は問題がある……」


「問題? まさか、更にアホになって、更にとんでもない行動を起こすんですか?」


「いや、あれ以上はアホにはならぬよ。もっと深刻な問題だ」


駄段は険しい表情をして、会話を続ける。


「キモクサマンエロティックモードは、五分しか使えない。つまり、五分以内にブラックハートを倒さなければ、ワシ達の負けだ……」


ウインドキッドは言葉を失う。時間的制約がある。しかも、短時間だ。駄段の表情の意味を、ウインドキッドは理解する。


「キモクサマンが戦わずに遊び出したら、エロティックモードは無駄となる。そうなれば、この戦いは終わりだ。人間は怪人達に惨殺され、支配される事を受け入れなければならない……」


確認する様に、駄段は言葉を重ねる。そして、世界の命運を掛けた橋の上の攻防に視線を移す。


口から流血しているブラックハートは、ゆっくりと立ち上がる。そして、今までに見せた事のないような、鬼の形相をキモクサマンに見せる。キモクサマンは半笑いでブラックハートの方を見ている。


「少し、冷静になろう。戦い方を変える……」


ブラックハートは、両手を前に出す。そして、伸ばした手の掌から黒い光が集まる。


「暗黒ビーム!」


怪人の掌から、黒いレーザー状の光が放たれる。光はキモクサマンの身体目掛け、一直線に飛んで行く。


キモクサマンは余裕でそれを交わす。しかし、ブラックハートはビームを連射して来る。何本もの黒い光がキモクサマンを襲う。


キモクサマンは、その複数のビームを左右のフットワークで交わし続ける。まるで、高速で反復横跳びをしている様だ。


「キモクサマン、貴様は遠距離攻撃が使えない。ならば、取る手段は一つだ」


ブラックハートは、なおもビームを撃ち続ける。それにより、キモクサマンはブラックハートに近付く事が出来ない。防戦一方だ。


「いかん! あんな攻撃され続けたら、いつかビームが当たってしまう。それに、エロティックモードの時間が終わるぞ、まずい……」


駄段は呟き、考える。そして、また得意のいい加減な事を言い出す。


「そいつを倒したら、エロ本をもう一冊買ってあげよう」


キモクサマンの鼻息がフシューと音を立てる。まるで、蒸気機関車の様だ。


キモクサマンは興奮して、突進する。何度もビームが身体に当たる。が、興奮したキモクサマンは止められない。


そして、ブラックハートの下っ腹にパンチが入る。ブラックハートの身体はくの字に折れ曲がり、後退する。


「キモクサマン! 休むな! 攻撃を続けろ!」


駄段がマイクを片手に叫ぶ。周りのヒーロー達も必死に応援している。駄段の隣の愛花は、相変わらず祈るような姿勢で、涙を流している。アイスギャルはかなり興奮して、奇声を上げている。


「キモクサマン! 残り一分だ! 連打を仕掛けろ!」


駄段が目を見開き、叫ぶ。こちらも鬼の様な顔だ。ヒーロー達もここが勝負どころだと、顔を真っ赤にし、声を出している。


キモクサマンはそれに反応するかの様に、ブラックハートにパンチの連打を浴びせる。ドドドドドという衝撃音が鳴り響く。ブラックハートの鎧は粉砕されていき、怪人の身体は拳の跡で埋め尽くされる。
















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