第40話 最強のキモクサマン

ブラックハートはキモクサマンを見下ろし、手を振り上げる。この者の命を終わらせる為に。


「キモクサマン、貴様の事を良きライバルだったと認めよう。死ね!」


次の瞬間、ブラックハートはビクッとなり、その手を止める。キモクサマンの身体の異変に気付く。そして、怪人は恐怖を感じ、飛び退く様に後退する。


仰向けになっているキモクサマンの身体が、黄金に輝いている。ヒーロー達もその変化に気付き始める。


ウインドキッドは目を見開き、座り込んでいる駄段の身体を揺する。


「駄段さん! キモクサマンの様子が変です! あれはどういう事ですか?」


駄段はウインドキッドの声に意識を取り戻し、口を開く。


「ワシにも分からん。初めて見るぞ……」


「まさか、キモクサマンの第三形態なんですか?」


「いや、ワシはそんなもの設定しておらん。ワシが知っているのは第二形態までじゃ。何が起こっているのだ? こっちが聞きたいわ!」


駄段は目をパチパチさせ、状況を把握しようとしている。ウインドキッドは、泣き崩れている愛花の方を見る。彼女の言葉がキモクサマンに変化を与えたのかと。


黄金の光を纏ったキモクサマンは、ゆっくりと静かに立ち上がる。ブラックハートは動揺しながら、警戒してキモクサマンの事をじっと見ている。


「駄段め。まさか、まだ隠し玉を用意していたのか? だが、俺の第二形態の方が上だ!」


長い黒髪のブラックハートは、黄金のキモクサマンに襲い掛かる。ブラックハートの黒い拳が放たれる。キモクサマンは、左手でその拳を払い退け、右の拳をブラックハートの脇腹に叩き込む。


ドカンと衝撃音が轟き、ブラックハートはその場にうずくまり、言葉を吐く。


「嘘だろ……? この俺の奥の手よりも、まだ強い力が存在するのか? バカな……」


ブラックハートは脇腹を押さえながら、フラフラと立っている。何故なんだと呆然としながら、その言葉を反すうする。


「愛の力か……」


駄段はポツリと呟く。


「駄段さん、私も同じ事を考えていました。キモクサマン、いや阿多さんは愛花さんの言葉で復活し、強くなったのではと……」


ウインドキッドは興奮しながら、駄段に答える。駄段も確信したように言葉を返す。


「やはりな。愛する女のいる男同志だから分かる。愛する女に、好きとか愛していると言われて、頑張らない男などいない。いや、そこで頑張れない男など、男ではないわ!」


「それは駄段さんの個人的な意見だと思いますが、気持ちは分かります。まさか、ここまで好きな女性の言葉に影響力があるとは、ホント驚きです」


「キモクサマンはアホだ。アホゆえに純粋なのだ。だから、惚れた女の言葉は、そのまま心に響く。何倍にもなってな」


駄段はカッコをつけて、キモクサマンを見る。まるで、自分の功績の様な振る舞いだ。


今回はあんた、何もしてなかっただろとウインドキッドは思ったが、気分が良かったので、あえて何も言わなかった。


ブラックハートはキモクサマンを睨み付け、言葉を発する。


「まさか、本当に愛の力だと言うのか? ふざけるな! 愛だの優しさだの、偽善で虚偽な感情に、俺が負けるだと。認めぬ、絶対に認める訳には行かぬ! 是が非でも貴様を殺さねばならぬ!」


ブラックハートは、全身に力を集中させる。


長い黒髪を風になびかせながら、ブラックハートはキモクサマンへと攻撃を仕掛ける。黄金の闘気に包まれたキモクサマンは、直立不動でそれを迎え撃つ。


ブラックハートの拳の連打が放たれる。キモクサマンも負けずと、パンチの連打で対抗する。激しい衝撃音がぶつかり合う。


が、次の瞬間、ブラックハートは血を吹き、後方へと吹っ飛ばされる。そして、仰向けに豪快に倒れる。


ヒーロー達の顔が一変する。絶望のどん底にいた表情から、希望に満ちた顔へと変わっている。愛花も周りの変化に気付き、再び橋の上の戦いへと目を向ける。


ブラックハートはゆっくりと身体を起こす。怒りで小刻みに震えている。そして、鬼の様な形相でキモクサマンを睨み付け、怒鳴り出す。


「クソ、クソ、クソォ! 何が愛だ! 吐き気がする! ムカつく! 恨め、人間を! 怒れ、殺せ! 許すな! もっと、もっと俺の憎悪よ、膨らめ! 奴を滅ぼせ! 目の前の敵を八つ裂きにしろ!」


ブラックハートの全身を覆った黒い闘気が濃くなり、広がっていく。その黒い霧は、まるで生き物の様にうねり出し、キモクサマンを襲い始める。


黄金のキモクサマンは、その黒い霧へと身を投げ出す様に突っ込んで行く。黒い霧がキモクサマンの姿が見えなくなるくらいに、すっぽりと埋め尽くす。


ドンという爆発したかの様な大きな音が、霧の中から聞こえる。すると、霧の中から一体の人影が放り出される。


ブラックハートだ。またもや、怪人はキモクサマンから攻撃を受け、吹っ飛ばされる。そして、頭から地面に叩き付けられる。


キモクサマンは、ゆっくりと黒い霧から姿を現す。そして、目の前の怪人のボスをじっと見ている。ブラックハートもゆっくりと立ち上がり、市街地側の方へと視線を移す。


「許さぬ、許さぬ、許さぬぞぉ! キモクサマン、貴様の力の根元を奪ってやる! そのクソみたいな愛の力を使えなくしてやる!」


ブラックハートは全身の力を掌に集め出す。両方の掌に強い黒い力が結集される。そして、呪うような怒りのこもった視線は、市街地側にいる愛花に注がれる。


「俺の最大の技で殺してやる! だが、獲物は貴様ではない。意味が分かるか? キモクサマン!」


ブラックハートは両手を伸ばす。集まった黒い光が輝き出す。


異変に気付いた駄段が慌てて、叫び出す。


「いかん! ブラックハートめ! こっちにビームを放つ気だ! 目標は愛花さんだ! ワシでなくて、ホントに良かったぁ。いや、というか、隣にいるワシも巻き沿いになるではないかぁ! 止めろ! 止めるんだぁ!」


その声を受けて、ウインドキッドが冷静に諭すように話す。


「駄段さん、心配しなくても大丈夫です。あれが飛んで来たら、ここにいる全員助かりません。みな、死にます」


「ヒーロー達、盾だ。みなの能力で盾を作り、あれを防ぐんだ! ワシを守るんだ!」


駄段はブラックハートを指差し、後ろのヒーロー達へと指示を送る。


「駄段さん、無駄です。それは、飛んで来るライフルの銃弾を、ティッシュで防ごうとするようなものです。私達の盾はそれほど無力です」


ウインドキッドは、再び冷静に駄段に返す。


「嫌だぁ! 勝ったと思ったのに、それはないぞ! 卑怯だぞ、ブラックハート! 考え直せ!」


駄段の悲鳴声に似た叫びが、虚しく辺りに響いていた。










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