第34話 アイツは金や同情では動かない
キモクサマンは両腕をグルグル回し、鼻息が荒くなっている。その後ろで、ブラックハートはあざ笑いながら、ヒーロー達の慌てぶりを眺めている。
「キモクサマンが、攻めて来るぞ! みんな気を付けろ!」
ウインドキッドが、ヒーロー達に叫ぶ。ヒーロー達は、何をどう気を付ければ良いのか分からないので、慌てふためく。今、目の前で怪人百人を一人で粉砕した化物が攻めて来るのだ。ヒーロー達の顔はみな青ざめている。アイスギャルは、一人喜んでいたが……。
「あいつ、怪人と戦う時よりもやる気満々ッスよ。誰かあいつから恨みを買ってるんじゃないッスか?」
イナズマダンディーが口を開く。ヒーローは全員、駄段の方を見る。絶対にこの男が恨みを買っているから、キモクサマンはやる気なのだと……。
すると、駄段がパッと我に返る。
「てめぇ、ブラックハート! セコいぞ! 飴一個でうちのヒーローを買収だと! ふざけるなよ!」
駄段はマイクを急いで持って、まくし立てる。
「飴玉一つで、充分効果があったではないか? 不満か?」
ブラックハートは腕を組み、嘲笑する。駄段は眉根を寄せて、拳を握り締める。
「キモクサマンは、金や同情などでは動かない。しかし、食欲と性欲を刺激されると簡単に動いてしまうのだ。しまった、盲点だった。くそっ、どうする?」
駄段は考える。
「そうか、分かったぞ! 誰かお菓子を持っていないか? キモクサマンを再び、お菓子で買収し返すんだ」
ヒーロー達はお互いの顔を見回す。子供の遠足じゃあるまいし、こんな戦場に誰がお菓子など持ち込むのだと、皆いぶかしげに周囲を調べる。
「すいませーん。イナズマダンディーがチョコレートを隠し持っていまーす!」
スタアボウイがイナズマダンディーを指差し、告げ口をする。
「言うなッス!」
イナズマダンディーはチョコレートを胸に抱え込み、見つからない様に隠す。
「イナズマダンディー、それをよこせ!」
駄段はイナズマダンディーのチョコレートを奪い取ろうとする。
「嫌ッス。自分、この戦いが終わってから食べるッス。だから、大事に取ってたッス。これは譲れないッス」
イナズマダンディーは激しく抵抗し、チョコレートを大事に抱え込む。
駄段はイナズマダンディーの肩に手を当てる。
「イナズマダンディーよ。君のそのチョコを世界の平和の為に使えば、君は世界のダンディーになれる。どうか、君の為に譲ってもらえないか?」
イナズマダンディーは鼻をピクピクさせ、世界のダンディーと言う言葉を復唱する。そして、駄段の顔をまじまじと見る。
「駄段さん、自分は最初から決めてました。このチョコレートを世界の平和の為に使おうって……」
イナズマダンディーは、駄段にチョコレートを渡す。駄段は受け取ると同時に叫ぶ。
「今だ! ウインドキッドよ! このチョコをキモクサマンに届けるんだ!」
ウインドキッドは、ハッと返事をすると、チョコレートを風に乗せてキモクサマンの元へと運ぶ。
「キモクサマン! そのチョコをあげるから、こっちへ戻って来て! お願い!」
駄段は、マイクに向かって叫ぶ。キモクサマンは、笑顔でそのチョコレートを受け取り、コクリと頷いた。
キモクサマンは、夢中でチョコレートを食べている。口元と指先がチョコレートで、ビチャビチャに汚れている。キモクサマンはチョコレートを完食するとゲップをし、満足そうに笑顔を見せる。そして、ゆっくりとブラックハートの方へ身体を向ける。
「キモクサマン。やはり、貴様とは戦う運命のようだな?」
ブラックハートは腕組みをし、キモクサマンを見据える。キモクサマンは、ぐへへへへと笑い出す。
「とりあえず、目先の危機は乗り切ったぞ」
駄段は少しだけ安堵し、呟く。ヒーロー達も少し落ち着きを取り戻し、橋の上の二人を見る。
「駄段さん。キモクサマンはブラックハートに、絶対に勝てますよね?」
ウインドキッドは心配そうな笑顔で、駄段を見る。
「今回だけは分からない……。ブラックハートの力はワシにも予想が付かないのだ。どっちにしろ、ワシらはただ見守る事しか出来ぬよ」
駄段はそう呟くと、また視線を橋の上の二人に戻す。
「行くぞ! キモクサマン!」
ブラックハートはそう声を発すると、キモクサマンに突進して行く。キモクサマンはぐへへへへと、相変わらず笑っている。
ブラックハートの拳が、キモクサマンの顔面を襲う。キモクサマンはスッとそれを交わし、ブラックハートの顔面にお返しにパンチを見舞う。
しかし、ブラックハートはそのパンチをギリギリで交わし、キモクサマンの顔面に再び拳をぶつける。ドンという衝撃音が響き、キモクサマンは後方へ吹っ飛ばされる。
「え……」
ヒーロー達は、今までに見た事のない光景を見せ付けられる。あの百人の怪人を無傷で倒した化物が、吹っ飛ばされたのだ。皆、唖然として立ち尽くす。
キモクサマンは三メートルほど飛ばされた後、仰向けにドッと倒れる。そして、キモクサマンはゆっくりと身体を起こし、座り込む。口の中を切ったのか、口元から血が流れ出す。
ウインドキッドは呆然とする。今まで何度もキモクサマンと共に戦って来たが、初めてキモクサマンが傷を負った所を見たのだ。ウインドキッドの勝利への期待は、恐怖へと変わる。
「キモクサマンよ。それが痛みだ。初めて知ったのか?」
ブラックハートは、お決まりの嘲笑をキモクサマンに向ける。
キモクサマンはゆっくりと立ち上がり、口元の血を手の平で拭う。キモクサマンの顔から、下品な笑みが消える。
「キモクサマンの奴、本気だ。本気でやるつもりだ」
駄段は橋の上を凝視しながら、呟く。ウインドキッドは駄段の真剣な顔を見た後、再び視線をキモクサマンに戻す。
今度は、キモクサマンからブラックハートに仕掛ける。常に待ちの戦法を取っているキモクサマンからの攻撃か、ウインドキッドは初めてのパターンに違和感を覚える。
キモクサマンの右の拳が、ブラックハートの顔を狙う。ブラックハートは軽く笑いながらそれを交わし、キモクサマンの腹に蹴りを放つ。が、キモクサマンはそれを左腕で防ぐ。
そして、キモクサマンはアッパー気味のパンチをブラックハートのアゴに食らわす。ズドンという凄まじい音と共に、ブラックハートは宙に舞い上がる。
ブラックハートはクルリと一回転した後、地面に片膝を付く。そして、殴られたアゴをさすりながら、キモクサマンを睨み付ける。
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