第33話 大どんでん返し

ウインドキッドは突然、背筋が凍るようなそんな感覚に襲われる。視線を橋の上に移す。視界に黒い人影が入る。


この男の存在を忘れていた。ウインドキッドの息は荒くなり、心臓の鼓動が激しくなる。


全身を黒の鎧と黒のマントで固めた怪人、ブラックハートがゆっくりと橋の中央へと歩みを進めている。


「ヒーローども! よくも、あんな臭い屁を食らわせてくれたな! たっぷりと借りは返してやるぞ!」


ブラックハートは、重い怒りに満ちた声を発した。


羊の顔をした怪人が、ブラックハートの元へと駆け付ける。


「助けて下さい、ブラックハート様! みんな、キモクサマンにやられてしまいました。貴方じゃないと奴に勝てません!」


「助けて下さい? 意味が分からない。お前達は俺の駒だぞ。何故、お前達に俺が使われなければならない。俺が有利になる様に、キモクサマンに少しでもダメージを与えるとか、疲れさせるとかするのが、お前達の筋ではないのか?」


ブラックハートはアゴを突き出し、見下す様に羊の怪人を見ている。羊の怪人の顔はひきつって、下を向いている。


「お前達、五人。玉砕して来い! 怪人の面子に懸けて、敵前逃亡など無様な真似は絶対許さぬぞ!」


羊と狼の怪人を含む五人の怪人は、橋の上でキモクサマンとブラックハートに挟まれている。羊の怪人は冷や汗を流し、考えている。


「どうする?」


狼の怪人が小声で、羊の怪人に聞いてくる。


「どっちが生き残る確率が高いか、考えるんだ」


羊の怪人は、狼の怪人に答える。狼の怪人は、ニヤリと笑い返す。羊の怪人は、目で他の怪人に合図を送る。


次の瞬間、五人の怪人達は振り向き、ブラックハートの方向へと走って行く。


「どういうつもりだ?」


ブラックハートは、冷めた目で五人の怪人達を見ている。


「どけ! ブラックハート!」


狼の怪人の鋭い爪が、ブラックハートを襲う。


「これはつまり、キモクサマンより俺の方が弱いと判断した為の行動か? 目測を誤ったな」


ブラックハートは、手刀を繰り出す。狼の怪人の腰から上と下が別れる。真っ二つになった怪人は、鮮血を飛ばしながら息耐える。


「仲間割れですか?」


ウインドキッドは、その光景を見て駄段に尋ねる。


「キモクサマンの恐怖に負け、ブラックハートを裏切りやがったな」


駄段は腕組みして答える。


羊の怪人を筆頭に、他の怪人達も一気にブラックハートに襲い掛かる。が、狼の怪人と同様に、四人の怪人達の胴体も真っ二つに切断されていく。


「俺は、キモクサマンよりも強い」


ブラックハートは、仕留めた手に付いた返り血をペロッと舐め、言い放つ。そして、ブラックハートは視線をキモクサマンに移す。橋の上は、ブラックハートとキモクサマンの二人だけとなり、両者は向かい合う。


すると、キモクサマンは不思議な踊りをいきなり踊り出す。物凄く楽しそうだ。


「あれ、何をやってるんだ?」


駄段はキモクサマンを指差し、ウインドキッドに説明を求める。


「阿多さん、最近趣味でエアロビクスを始めたらしいです……」


「……あ、そう」


駄段は、橋の上の二人を見ながら呟いた。


ブラックハートは、市街地側の岸にいる駄段を睨む。駄段も、橋の上にいるブラックハートを睨み返す。その二人の間をキモクサマンが、エアロビクスを激しくやっている。


場の緊張感が高まる。ウインドキッドはこれからが正念場だと、手に汗を握っていた。


「やっと落ち着いて、話が出来るな? 駄段!」


ブラックハートは駄段に叫び、睨み付ける。


「ワシは話したくないぞ! ブラックハート」


駄段はマイクを手に持ち、視線を反らす。


ブラックハートは、エアロビクスをしているキモクサマンをジロッと見て、話を続ける。


「駄段よ! こいつが貴様の最高の研究成果か? 流石だな。まさか、俺の作った怪人達が、ここまでやられるとは思わなかったぞ」


「そうか? 照れるなぁ。もっと褒めてもいいよ」


駄段はテヘッと舌を出す。そして、駄段はブラックハートの方を向き、ポーズを決めて言い放つ。


「ブラックハートよ。今度は貴様がキモクサマンに倒される番だ。ヒーローと怪人の戦いに終止符を打とうではないか?」


「望む所だ。俺は倒されないがな」


ブラックハートは、あざ笑う様な顔を見せる。


「キモクサマンの弱点を、俺は知っている。キモクサマンは頭が悪い。そうだろう? 駄段!」


「まさか、バレているのか? 秘密だったのに……」


駄段は驚く。いや、そのリアクションはおかしいでしょと、ウインドキッドは心の中でツッコむ。


「俺が、何もキモクサマン対策をしていないとでも思ったのか? 駄段よ。世の中は、頭が良い者が勝つのだ。俺の知略が貴様より上である事を、証明してやろう」


ブラックハートは、そう駄段に叫ぶとキモクサマンの方を見る。


キモクサマンはエアロビクスに疲れて、その場に座り込んでいる。ブラックハートはキモクサマンに近付き、声を掛ける。


「キモクサマン、貴様の強さ、気に入った。役立たずな雑魚怪人どもなど、もう、どうでもいい。怪人側に、俺の側に付かないか? 世界のナンバーツーになる気はないか?」


ブラックハートは軽く微笑みながら、キモクサマンに手を差し出す。


「あの野郎。キモクサマンと戦うのが怖いから、仲間に勧誘して来やがったぞ。バカめ!ブラックハートよ! キモクサマンは、そんな勧誘など受けぬわ! キモクサマンは正義の味方なのだ」


駄段はマイクを握り締め、ブラックハートを指差す。キモクサマンは、海の上を飛んでいる鳥を眺めている。


「キモクサマン。もし、仲間になってくれたら、この飴玉をあげよう」


ブラックハートは袋に包まれた小さな飴玉を一つ取り出し、キモクサマンに渡す。キモクサマンは、飴玉を受け取り、コクリと頷く。


「へ……」


駄段は目を見開き、動きが止まる。


キモクサマンは飴玉を口に入れて、身体を反転させる。ヒーロー達のいる市街地の方を向き、ブラックハートと同じ、腰に手を当てたポーズで、グヘヘへへと笑い出す。


「大変です! キモクサマンが裏切って、怪人側に付きました! キモクサマンの力が、悪の手に渡りましたよ! 駄段さん! どうするんですか?」


ウインドキッドが、隣の駄段に詰め寄る。駄段は言葉を失い、その場で固まったままであった。












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