第35話 天才科学者の必勝の戦略
「キモクサマンは初めて自分と互角、いやそれ以上の相手と戦って、本能的に命の危険を察知した。防衛本能が働き、臨戦態勢になっている」
駄段は、橋の上のキモクサマンをじっと見る。キモクサマンは、ブラックハートに対し、構えを取っている。まるで、キックボクサーの様だ。
「怪人になってから、俺も初めて身体に傷を負わされたぞ。駄段、やはり貴様は危険な存在だ。キモクサマンを倒した後、必ず貴様を殺す」
ブラックハートは、キモクサマンの向こうにいる駄段を睨む。駄段はヒッと言って、ウインドキッドの腕を掴む。ウインドキッドは気持ち悪いと感じ、必死で腕を振りほどく。
「キモクサマンよ! 今度は、ちゃんと防げるかな?」
ブラックハートはキモクサマンの方へ再び走り出す。そして、キモクサマンの首を目掛け、右の手刀を繰り出す。
「キモクサマン、首を跳ねられるぞ!」
駄段が叫ぶ。その声に反応してか、キモクサマンは上体を反らし交わす。しかし次の瞬間、ブラックハートの右の上段蹴りがキモクサマンの顔面を捕らえる。キモクサマンはゆっくり沈んでいき、その場に倒れる。
「キモクサマン、良い事を教えてやろう。世の中には、上には上がいるのだ。貴様は俺に会うまでは、確かに最強だったのかもしれない。しかし、俺が存在する、この世界では一番にはなれぬのだ。フハハハハ」
ブラックハートは倒れているキモクサマンを見下し、言い捨てる。キモクサマンは蹴られた所を押さえながら、ゆっくりと立つ。
「続けて行くぞ!」
ブラックハートは笑いながら、キモクサマンに攻撃を仕掛ける。また、右の手刀がキモクサマンの顔を狙ってくる。キモクサマンは、左腕でそれを受け止める。そして、ブラックハートはまた、右の上段蹴りをキモクサマンに放つ。キモクサマンはそれを交わし、ブラックハートの脇腹に右の拳を叩き込む。
「ぐふっ……」
ブラックハートは殴られた脇腹を押さえ、その場にしゃがみこむ。
ヒーロー達の歓声が上がる。キモクサマンはブラックハートに負けていないと。互角に戦っていると。
駄段はマイクをまた持ち出し、ブラックハートの方を見る。
「貴様こそ、世界で一番自分が強いと勘違いしておるのではないか? とうとう、貴様の前に現れたのだよ。貴様よりも強いヒーローがなぁ。頭はかなり悪いけど」
「バカな、この俺が二度もひざまずくとは。まさか、あり得ない。本当にこのアホが俺よりも強いのか?」
ブラックハートからも、笑みがなくなる。ブラックハートはキッとキモクサマンを睨み、襲い掛かって行く。
キモクサマンとブラックハートは互いに向き合い、防御無しの殴り合いが始まる。激しい衝撃音と血飛沫が飛び交う。
ヒーロー達は息もつかせぬ展開に、固唾を呑んで見守っている。
キモクサマンが負ければ、自分達はあの怪人に殺される。自分達だけではない。この街の人々、そして世界中の人々の命がこの戦いに掛かっているのだ。
ヒーロー達は必死で、キモクサマンに声援を送る。愛花は、ただ祈る様にじっと見ている。
「ヤバいな……」
駄段がポツリと呟く。
「キモクサマンが押されている。このままでは、キモクサマンは負ける……」
ウインドキッドは驚いた表情で、駄段の方をじっと見る。
「ハッキリ言おう。キモクサマンよりブラックハートの方が強い。現段階ではな。今のまま戦えば、確実にワシらは負ける……」
駄段は神妙な面持ちで話を続ける。
「そ、そんな。私達はキモクサマンが負けるのを、ただ指をくわえて見ているだけなんですか?」
ウインドキッドは激しく動揺する。キモクサマンの負け、それはすなわち自分達の死を意味するのだ。かと言って、キモクサマンに加勢する事は無意味だ。ブラックハートの前では、自分達の力は何の役にも立たない。ウインドキッドは、悔しくて拳を握り締める。
「弱い者が強い者に勝つには、正攻法以外の方法を用いなければならない。それが策略であり、作戦なのだ」
「まさか、駄段さん。何かブラックハートに勝つ秘策でもあるのですか? 教えて下さい!」
ウインドキッドは目を見開き、駄段に詰め寄る。すると、駄段は何か企んでそうな、そんな意味ありげな悪そうな笑顔を見せる。
「キモクサマンは確かに超ウルトラ級のアホだが、それをサポートするワシの頭脳が超ウルトラ級の天才なのだ。秘策か? あるに決まっている。ブラックハートを倒す必勝法がな」
駄段は自信満々に答える。ヒーロー達は目を輝かせ、駄段を尊敬の眼差しで見る。そして、駄段はよくインテリがやりそうな感じの勿体ぶった素振りで、口を開く。
「みんな、忘れていないか? ブラックハートの唯一の弱点を?」
駄段は人差し指を上に立て、ヒーロー達に質問を投げ掛ける。ウインドキッドを含めたヒーロー達は記憶を辿り、答えを導き出そうとする。
「あ、分かった」
ウインドキッドが声を上げる。
「匂い、強烈な匂いですね。キモクサマンのオナラレベルの臭いガスですね」
「そうだ! 奴はめっちゃ臭い匂いに弱い。ブラックハートはキモクサマンの屁からの回復が異常に遅かった。つまり、奴は毒ガス、いや、キモクサマンの屁に対して、極めて抵抗力が弱いと言う事だ」
駄段は力を込めて、ウインドキッドに答える。
「この考察を元にワシは作戦を立てた。キモクサマンが屁を放ち、ブラックハートを失神させる。そして、奴が失神した無防備な状態の所を一気に仕留めるのだ。名付けて"オナラブリブリからのボコボコ作戦"だ」
駄段は天を仰ぎ、叫ぶ。光が駄段を照らし、神々しい雰囲気を醸し出す。
「何か、卑怯な感じはしますが、それが確実ですね。作戦名は酷過ぎますが……」
ウインドキッドは色々引っ掛かかる所があったが、仕方なく無視して納得する。
殴り合いで傷ついている、橋の上のキモクサマンに向かって駄段は叫ぶ。
「キモクサマン、屁を放つんだ! そして、ブラックハートか失神した所を攻撃するんだ! そうすれば勝てる!」
駄段は勝ちを確信し、笑いを堪えながらキモクサマンに叫ぶ。キモクサマンは、不思議そうな顔で駄段を見ている。
「何してるんだ! 聞こえているだろ? 行け!やるんだ!」
駄段はなおも興奮し、声を荒げる。そこへ、ウインドキッドが駄段の肩をポンポンと叩き、うつむきながら声を発する。
「駄段さん、重要な事を忘れてました。キモクサマンはアホなので、作戦行動は出来ません。作戦を伝えても無意味です……」
駄段はそれを聞いて、その場に静かに座り込んだ。
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