第26話 この理不尽な世の中で

阿多は、突然のブラックハートの出現に身を固める。冷や汗が溢れだし、身体が震え出す。


「俺達は怪人だぞ。人間を殺してなんぼでしょ」


阿多の周りを囲っていた怪人の一人がそう言うと、阿多に対して拳を振り上げる。


その瞬間、グシャという鈍い肉の潰れる音が辺りに響く。阿多に攻撃を仕掛けようとした怪人の顔が、消し飛んでいる。その怪人は頭部を失ったまま、その場に倒れる。周りの怪人達も、それを見て怯える。


「俺、今さっき待てって言ったよな。俺の命令は絶対だって、前から言ってるよな?」


ブラックハートが、その怪人の顔をぶっ飛ばした様だ。まさに、目に見えないくらいの速さだった。阿多はその行動に愕然とし、動揺する。


「貴様、さっき英雄仮面同盟の奴等と一緒にいたが、仲間なのか?」


ブラックハートはゆっくりとした重いトーンで、阿多に質問してくる。阿多は、震えを押さえながら考える。正直に答えるべきか、どうかを。


「仲間です。置いて行かれましたが……」


阿多は正直に話す方が、得策だと思い答える。声はやはり震えている。


「ならば、駄段を知っているか?」


「えぇ、知っています。僕もヒーローだったので」


「ヒーローだった……。過去形だな? 今は違うのか?」


「はい、クビになりましたので……」


「ほぅ」


ブラックハートは、阿多の話を面白そうに聞いている。


阿多は、ドキドキしながら考える。このまま、ブラックハートのご機嫌を取り続ければ、もしかしたら自分の命は助かるかもしれないと。


サラリーマンの迎合力をナメるなよと、阿多は汗をぬぐい、会話に集中する。


「何をしでかして、クビになったのだ?」


「はい、命令違反をして、駄段さんからクビを宣告されました」


阿多は、申し訳なさそうに答える。


「面白い奴だ。ちなみに何て名前のヒーローだったのだ?」


「クレイジーフールって言う弱い、イケてないヒーローでした」


阿多はヒーロー名を、駄段が付けた実名で言う。有名な通り名の"キモクサマン"と言うのは、さすがにまずいと思ったからだ。


「聞いた事のないヒーロー名だな。確かに弱そうだ。ところでだ、貴様、命を助けて欲しいか?」


阿多は、いきなりのビックリな質問に困惑する。言葉が直ぐに出て来ない。




「……えぇ、もちろん、助けて欲しいです」


「命と言う物には価値がある。俺は価値のない命は、あっさりと奪う。貴様を助ける価値があるのか? 出来るか出来ないかで答えろ! 判断する」


ブラックハートはジロッと、阿多を値踏みする様に見る。


「二日後の朝、俺達はS市に一斉に攻撃を仕掛ける。その時に、駄段を川中橋まで連れて来い。これが、貴様を生かす条件だ。どうだ、可能か?」


「可能です。絶対に連れて来ますから。だから、お願いします。助けて下さい」


阿多はプライドを捨て、ひたすら低姿勢で命乞いをする。


「もし、この案件を反故(ほご)にしたなら、貴様がどこへ逃げ隠れしても、必ず見つけ出し殺すから。覚悟して取り組め。いいな!」


ブラックハートは阿多に睨みを利かす。阿多はその威圧感に再び怯ひるむ。


ブラックハートと駄段の間には何かあるのか、阿多は恐怖を感じながらも、その好奇心を押さえられなかった。


「何故、貴方はそこまで駄段さんにこだわるんですか? 僕からしたら、ただの変態ジジイに過ぎない駄段さんに……」


阿多は、純粋に不思議に思っている事をブラックハートに質問する。


「俺と駄段は科学者仲間だった。学会の研究チームの間では、二人の天才と言われていた」


ブラックハートは俯き、ポツリと話す。阿多は、その事実に驚く。


「貴方も駄段さんと同じ、科学者だったんですか?」


「そうだ。俺が怪人を生み出し、駄段がヒーローを生み出したのだ」


「じゃあ、全ての怪人は、貴方が生み出したと言う事なんですか?」


「その通りだ。つまり、怪人とヒーローの戦いは、俺と駄段、どちらかが死ねば決すると言う事だな」




阿多は目を見開く。目の前の敵を倒せば、怪人はこれ以上生み出されない、この戦いは終わる。阿多はその言葉を頭の中で繰り返す。


しかし、駄段を失えばヒーローは絶たれ、怪人に対抗する力が無くなる訳だ。


「駄段は確かに変態ジジイだ。だからこそ、何をしでかすか、本当に分からないのだ。今は、ヒーローどもは大した事はない。カスばかりだ。しかし、いつかどんでもない奴を、駄段は生み出すかもしれない。俺は、それを恐れている。だから、駄段を排除するのだ」


阿多は納得をする。この怪人に対抗出来るのは、変態科学者の駄段さんだけなのだと。


「貴方にとって駄段さんが邪魔な存在なのは、分かりました。でも何故、貴方達、怪人は人間を殺すのですか? S市の人達を攻撃しようとするのですか?」


「貴様はこの世の中、理不尽だとは思った事はないのか?」


「え……」


阿多はブラックハートの質問に対し、言葉を失う。かつてのトラウマが思い出される。


「俺はかつて科学者だった頃、学会の連中に才能を妬まれ、追放処分となったのだ。何故、才能のある者が追放され、無能な奴等が世の中に評価されるのだ? こんな理不尽な事、あっても良いのか?」


「その気持ち、分かります。僕も、前の店長にパワハラを受けていましたから。何故、真面目に誠実に仕事をやっている人間が、適当にいい加減に仕事をやっている人間に虐げられるのか。本当に世の中は、理不尽だと思います」


ブラックハートが阿多の方をじっと見る。


「俺は怪人の研究をしていた。人類の強さを、もっと引き出す研究を。その研究を自らの身体で試し、俺は怪人となった。そして、学会の奴等、いや、この理不尽な世の中に、復讐をしてやろうと誓ったのだ。だから人を殺し、この世の中を恐怖で支配する」


「殺される人達からしたら、それは理不尽です。理解は出来ますが、人殺しはいけない。もし、人を殺すのを止めて下さいと言ったら、止めて頂けますか?」


「この理不尽な世の中で、俺がルールとしている事がある。それは、弱い者は強い者に従うと言う事だ。俺に人を殺すのを止めて欲しいのなら、俺より強くなるか、俺より強い奴を連れて来るんだな。話は終わりだ。約束通り、駄段を連れて来い! 分かったな?」


ブラックハートは阿多に背を向け、向こうに歩いて行く。阿多はその後ろ姿を見ながら、心の中で呟く。


だったら、僕が……。


僕が、貴方より強いヒーローに、会わせてあげますよと……。












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