第25話 キモクサマンの呪い
「阿多さん、早くバスに乗って下さい!」
ウインドキッドはバスの入口の前で阿多に手招きをし、必死に叫ぶ。しかし、阿多は茫然と立ったままだ。
何かがおかしい。ウインドキッドは、阿多の顔を遠目から確認をする。阿多の顔が、頭の悪そうな顔になっている。
ある仮説が、ウインドキッドの脳裏に浮かぶ。阿多さんは、何度もキモクサマンに変身している内に、ブレスト無しでも、キモクサマンの力を引き出せる様になったのではないかと。
もし、キモクサマンの力を少しでも使ったとなると、あの副作用、いやむしろ呪いが発動したのではないか。そう、阿多さんはアホになってしまったのではないかと。
キモクサマンの力を使うと、アホになる。漫然と当たり前になっていた事実を、ウインドキッドは思い出し、恐怖を感じる。
ウインドキッドがふと見ると、愛花がバスの入口まで辿たどり着いていた。全速力で走って来た為、愛花は息切れしている。必死だった愛花は、阿多がこちらに来ていない事に今、気付く。
「阿多くん! 何してるの? 早くこっちへ走って来て!」
阿多は、愛花の声でやっと我に返る。
「あれ? 僕は野原で、クマさんとウサギさんと鬼ごっこをしてたはずじゃ……」
阿多はズキズキと痛む、頭を抱える。そして、ハッと目の前を見る。牛の怪人が頭を振りながら、起き上がろうとしている。
「何だ、今のパンチは? 本当に人間のパンチかよ。頭がクラクラする。脳震盪のうしんとうでも起こしているのか?」
牛の怪人は、フラフラとゆっくり立ち上がる。阿多と牛の怪人の目が合う。今のこの状況は非常にヤバいと、阿多はやっと気付く。
その時、牛の怪人の胸を氷の槍が貫く。バスの前から、アイスギャルが技を放ったのだ。牛の怪人は、再び倒れる。
「早く来なさい!」
アイスギャルが、阿多に向かって叫ぶ。阿多はその声に反応し、走り出す。
しかし、阿多のすぐ後ろには、怪人達の集団が迫っていた。その中には、あの竜の怪人もいる。
阿多は後ろを少し振り返り、必死に走る。阿多以外のメンバーは全員、バスへと乗り込み、阿多が来るのを待つ。
バスのドアを開け放しにし、阿多が乗り込むと同時にバスを出せと、ウインドキッドは運転手に指示を出す。
阿多は必死で走りながら、気付いていた。自分は怪人達から逃げ切れない、追い付かれると。自分を待っている愛花達まで、命が危なくなる。
「山田くん! バスを出してくれ! 僕を置いて、先に行ってくれ!」
阿多は走りながら叫ぶ。
バスの中で、山田ことウインドキッドは下を向き、悩んでいる。
阿多を置いて、このまま逃げるのか? それとも、全滅覚悟で阿多を救いに行くのか?
「山田くん! 頼む! 君はヒーローだろ!」
阿多は力の限り叫ぶ。
「バスを出してくれ!」
ウインドキッドは、バスの運転手に告げる。バスのドアは閉じられ、急発進して、バスは倉庫街を離脱して行く。
阿多は足を止め、バスを見送る。顔中汗だらけで、息も荒い。そして、天を仰ぎ、真っ暗な夜空を眺める。
終わったな、阿多は死を覚悟する。後ろからドドドという、怪人達が自分を追い掛けて来る足音が聞こえる。
阿多は、静かに目を瞑つぶり、じっと時を待っていた……。
* * * *
倉庫街から脱出したバスの中は、騒然としていた。
「何で、阿多くんを置いて来たのよ! 引き返して助けに行ってよ!」
愛花は泣き叫びながら、ウインドキッドに殴り掛かろうとしていた。アイスギャルが、愛花を羽交い締めして制止する。ウインドキッドは俯いて黙っている。
「あなた達、それでもヒーローなの? やっぱり英雄仮面同盟なんてダメじゃない! だから、最低のキモクサマンを擁護をするのよ!」
愛花は押さえられた身体を振りほどこうとしながら、ウインドキッドを睨み付ける。その言葉に反応し、ウインドキッドは愛花の方を見る。
「キモクサマンは確かに最低です……。でも、彼の悪口を言うのは止めて頂きたい。彼は本物の正義の味方で、彼に救われた人も大勢います……」
「やっぱり、イケメンインテリズじゃないといけないのよ! あなた達も最低よ!」
ウインドキッドは、また俯いて黙っている。拳をギュッと掴んでいる。
「あなた、周りを見てみなさい。それでも、まだ引き返せと言うの?」
アイスギャルは愛花に呟く。愛花はその言葉にイラッとしながら、周りを見てみる。
愛花と一緒にランチに来た、会社の同僚の眼鏡の女の子は震えて泣いている。カフェのオーナー、金髪の女の子、背広の男、みんな愛花を非難する様に見ている。
愛花はこれを見て、何も言えなくなる。引き返すと言う事は、彼等の命も再び危険に晒すという事なのだ。そんな自分勝手な行動を、彼等は許すはずがないし、意見を押し通せるほど自分はそんなに強くない。
愛花は再びウインドキッドを見る。彼もかなり辛そうな面持ちだ。自分の下した決断に耐え兼ねている、そんな表情だ。
愛花はその時に悟る。彼もきっと阿多の事が好きなのだろう。その阿多を、置き去りにしなければいけない決断を強いられた彼もまた、かなり苦しいのだと……。
愛花も俯く。そして、静かに泣き始める。
バスの中は静寂し、夜の街を走っていた……。
* * * *
阿多は、怪人達が自分を追い掛けて来る足音が止むのを聞いていた。
「人間、いい度胸してるな。どうなるか、分かってるんだろうな?」
怪人達の嘲笑う声が聞こえて来る。阿多は、ただ目を閉じ俯く。そして、周りを怪人達に囲まれる。
正直恐い。でも、これは倉庫街に来る前に覚悟していた事。怪人達の巣窟に来たのだ。死ぬ確率の方が断然高かったのだ。ただそれだけなのだ。
愛する愛花を救えた、それだけが唯一の救いの様な気がした。阿多は潔く、死を受け入れようとしたその時。
「待て、そいつをまだ殺すな」
その声は重く、心の中にまで、のし掛かってくる威圧感の様なものがあった。
そこにいる怪人達はビクッと反応し、みな身体が固まる。その人物は、阿多の前まで歩み寄ろうとしていた。怪人達は下を向き、その人物に静かに道を空ける。
その声の持ち主は、全身黒の鎧を身に固め、黒のマントを羽織っていた。
その人物はそう、あの怪人の集会で二階からスピーチをしていた、怪人の総帥、ブラックハートであった。
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