第3話 男なら強くなりたいとは思わないのか!
午後七時店内の客達も、徐々に減り始め、阿多の仕事の忙しさも少し落ち着く。阿多は、レジ担当の女性従業員を帰らせる為、レジ業務に就いていた。すると、泥にまみれのボロボロの白衣を着た老人が、自動ドアから入って来て、阿多の方へ駆け寄って来た。駄段博士であった。
「いらっしゃいませ、ど、どうしたんですか? 駄段さん。何があったんですか?」
「はぁはぁ、ワ、ワシの格好は気にせんでいいから。ところで阿多君、ちょっと大事な話があるんじゃが、今日時間あるかな?」
「えーと、仕事終わったら、大丈夫ですけど。大事な話って、まさか売れ残ったお惣菜を、またくれって言う話ですか? 店長にこの間バレて、ものすごい怒られたんですよ。だからもう無理ですよ」
「えー、マジか。ワシがどれだけあのお惣菜を、楽しみにしていたことかぁ。って違う違う。もっと大事な話なんだ」
「分かりましたよ。あと一時間で終わりますから。裏の公園で待っていて下さい。あ、ちなみに今日は、洗剤の特売日ですよ」
「マジかぁ。この洗剤半額じゃね。しまったぁ、財布持って来てねぇわ。阿多君、これ、ツケにしといてくれるかね?」
「無理です」
「うー、分かった。仕方ないな。駄段、マジショックだわ。じゃ、一時間後裏の公園で待ってる」
駄段博士はうなだれながら、店内を後にする。大事な話って一体何だろうと、いつもと違う駄段を、阿多は見送りながら考えていた。
一時間後、スーパーニクニクマートの裏の公園は、街灯の灯りだけを頼りに、闇夜に包まれていた。ジョギングをしている人や、仕事帰りのサラリーマンが、まばらに見える。阿多は街灯に照らされ、ベンチに一人ポツンと座っている、駄段を見つけた。
「スイマセン、お待たせしました。大事な話って、一体何なんですか?」
阿多は、駄段が座っているベンチに、少し間隔を空けて座る。
「単刀直入に言おう。君は、世界で一番強いヒーローに、なりたくはないか?」
駄段は阿多の方へ体を向け、真剣な眼差しで、阿多を見つめる。阿多は、予想だにしない質問の為、しばらくの間、混乱状態に陥る。
「実は、ワシは、英雄仮面同盟の会長兼兵器開発担当をやっておる。君は知らないと思うから説明しておくと、この英雄仮面同盟というのは、世界征服を企む悪役怪人協会と戦う為に、組織された団体じゃ」
普段とは違う自信に満ちた表情で、駄段は話を続ける。対照的に、阿多は話の内容がますます理解が出来なくなって来たので、口をポカンと開けたままの状態でいる。
「君にも、英雄仮面同盟の一員となって、ヒーローになってもらいたい。この腕時計型変身装置を着けて、変身と叫んで、腕を交差させれば、普通の人間がヒーローとなって、怪人達と戦うことができるんじゃ。」
駄段の表情は、ますます高揚感を帯び、これは冗談の話ではないんだと、阿多はようやく気付く。
「僕には、そんなこと無理ですよ。怪人と戦うなんて怖いですし、そんな力ありませんよ」
「いや、君じゃなきゃ、ダメなんだ。君には秘められた才能がある。どうしても、君にこの世界最強のヒーローになれる、クレイジーフールを着けて、戦ってもらいたい」
「無理ですって。僕はヒーローなんて、興味ないですし、仕事が忙しいので、そんな暇ないです」
阿多は、かたくなに拒否をする。自分は、そんな目立ちたい性格ではないし、大それたことをする資格はないと思っている。
駄段は急にベンチから立ち上がり、見開いた目で、阿多に向かって声を上げる。
「男なら強くなりたいとは思わないのか! そんな弱い自分のままで、一生、生きて行くのか! 君は変わりたいとは思わないのか!」
「僕だって、このままじゃいけないと思ってます。変わりたい。強くなりたいと思ってますよ。でも、怪人と戦うって言うのは、さすがに無理ですよ。僕は怖いのとか、無理なんですよ」
阿多は涙目で、駄段の方を見上げる。まるで、肉食動物に睨まれた小動物のようだ。
「さっきも言ったが、この腕時計型変身装置は、君を世界最強にしてくれる。どんな奴等でも、君には敵わないんだ。だから安心して、受け取って欲しい」
今度は駄段は、阿多に優しくなだめるように接する。阿多も、その行動により、幾分か落ち着きを取り戻す。
「なぜ、駄段さんはそこまで僕に、その変身装置を勧めてくるんですか? 僕なんか、ただの気弱なスーパーの店員なのに……。僕よりももっと強いヒーローにふさわしい人がいるんじゃないいですか?」
阿多は、駄段を不安そうに見上げる。駄段は、再び、阿多が座っているベンチの隣にゆっくり座る。
「君は、ワシが生活が苦しいのを、理解してくれた。売れ残りのお惣菜をくれたり、特売の情報を、マメに教えてくれたり、何よりワシの話を親身になって、聞いてくれた。ワシはホントに嬉しかったんじゃ。そんな優しくて、誠実な君に、ワシの最高傑作のこのクレイジーフールを、託そうと思ったんじゃ。だが、君がそこまで嫌がるなら、ワシは無理に勧めることはできぬ。他の人に渡すよ」
駄段は、寂しそうにうつむいて、ため息をつく。阿多は、そんな駄段を見て、申し訳ないという感情に駆られる。そして、これだけ他人に必要とされていると思われたのは、初めての経験だった。
「分かりましたよ。その変身装置、受け取りますよ。ただ、僕は世界で一番強いヒーローになんてなれないですし、怪人と戦うのも無理ですよ。それでも良ければ……」
阿多は微笑みながら、駄段の方へ体を向ける。駄段は驚いた表情で、阿多を見返す。
「ありがとう。もしもの時は、ワシが君のサポートをするから」
駄段はズボンのポケットから、両手で阿多に腕時計を手渡す。阿多も、それを両手で受け取る。まるで、世界最高の宝物を受け渡すような、そんな光景であった。
「これは、君自身を守る道具にもなるから、万が一の為、いつでも手首に着けていて欲しい。もし、ピンチになったら、手を交差して、変身と叫べば、君はクレイジーフールに姿が変わるから」
「万が一? そんなことはまずないと、思いますけどね」
阿多は、両手に抱えた腕時計を見つめながら答える。
「怪人達の活動が、最近、活発して来ている。君も怪人に遭遇する可能性は、十分にある。怪人達は、話が通じる相手ではない。出会ったら迷わず、変身して、身を守るんじゃ」
駄段は、阿多の方を心配そうに見つめる。彼の性格からして、もしもの時、変身するのを躊躇するかもしれないと、思ったからだ。
「分かりました。ありがとうございました。それでは、明日も仕事があるんで、僕はこの辺で失礼します」
阿多は、駄段に軽く会釈すると、家路につく。左手首にしっかりと、腕時計型変身装置を身に着けて。
「気を付けて」
駄段は微笑みを浮かべ、阿多に手を振り、これからの怪人達との戦いの事を考えながら、公園を後にした。
それから、阿多は日常で変身装置は、身に着けていたものの、ネガティブな性格から一度も変身を試さずに、数日が過ぎた。
そして、運命のゴリクマオトコ、スーパー襲撃事件へと至る……。
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