第2話 最悪の怪人と気弱なスーパーの店員

「俺は、悪役怪人協会の設立者にして、ビッグボスのブラックハートだ。貴様のことは知っているよ。我等と敵対する、英雄仮面同盟のファイアバンドだろ? 炎を操るみたいだな。うちの怪人達を何人か、葬ってくれてるらしいな」


 全身黒ずくめの怪人は、燃えているトカゲファントムを横目に、ゆっくりとファイアバンドに近づいて来る。敵のヒーローと対峙しても、余裕の笑みを浮かべている。


「ボス自らこちらに来るとは……。お、俺がお前も葬ってやるよ」


 ファイアバンドは、相手の威圧感に圧倒されていた。が、そんな自分に気付き、敵に悟らせないように、気丈に振舞って見せる。


「駄段博士はあっちかな? 俺にとって、一番目障りな奴。あいつがいるから、英雄仮面同盟とかヒーローのマネ事をやってる奴が、どんどん増えて来る。あの野郎の発明で、変に力持って調子に乗って来る奴等、ホントにムカつくんだよ」


 ブラックハートはファイアバンドを視界から外し、後方の暗闇をじっと睨み付ける。


「ま、貴様もついでに殺しておくか」


「悪党は許さない!」


 ファイアバンドは会話を遮り、敵のボスに向かって突進する。右の拳が敵の顔面を捉え、鈍い音が夜の森林に響く。


「うわわわあああああああ」


 叫んだのは、殴ったファイアバンドの方であった。右の拳は鮮血を流し、砕け、その場にうずくまる。


「力の弱い者は、力の強い者に従わなければならぬ。それが世の常。我々、怪人はこの強き力により世界を征服する」


 ブラックハートの顔面は、傷一つ付いておらず、その表情は再びファイアバンドを嘲笑していた。


「世界征服などさせない」


 ファイアバンドは立ち上がり、両手を前に突き出し、全身の力をそこに注ぐ。両手からは炎が広がり、巨大な炎の塊が、ブラックハートへと放たれる。笑みを浮かべているブラックハートの上半身に、炎は直撃。爆音が響き、炎の光で辺りは照らされる。


「弱い正義は、強い悪の前では、滑稽で無様だな」


 炎の中から再び、ブラックハートの姿が現れる。次の瞬間、ブラックハートの右腕がファイアバンドの体を貫く。鮮血が飛び散り、ファイアバンドは仰向けに倒れる。大量の血が地面に流れ出し、致命傷であることを物語る。ブラックハートは赤く染まった自分の右手を笑顔で見つめ、それを舐める。


「ぐふ、はぁはぁ、俺に勝ってもいい気になる……なよ。駄段博士は……新しい兵器を完成させたんだ。お前達の野望は必ず潰える。新たなヒーローに怪人達は、怪人達は滅ぼされる……」


 最後にそう言い残し、ファイアバンドは息絶えた。


「駄段め、また余計なことを。ま、この俺を上回る力などは存在せぬがな」


 ブラックハートはそう言い捨てると、再び、駄段博士追撃に向かった。


 ファイアバンドの死は、英雄仮面同盟にとって、衝撃の訃報となった。ファイアバンドの強さは、英雄仮面同盟の中で、トップクラスだっただけに、ヒーロー達はその事実に絶望した。



  *     *     *     *     



「阿多!てめぇ、まだ、品出しやってんのか!もう、開店時間、来ちまうだろうがぁ」


 スーパーマーケット”ニクニクマート”の店長黒原の罵声が、店内に響き渡る。


「そんなこと言ったって、こんな量一人じゃ、開店時間までに、陳列できないですよぉ」


 この店の従業員阿多 田他太あた たたたは慌てて、商品を出しながら、後ろにいる黒原店長に弱々しく答える。


「てめぇ、言い訳してっとクビにすんぞ!てめぇの代わりなんか、いくらでもいるんだからなぁ」


 黒原は阿多の胸倉を掴みながら、顔を近付け、睨みつける。


「俺は向こうでミーティングしてくっから、死ぬ気で間に合わせろ、いいな」


 と言うと、体の向きを反転させ、女性従業員の元へ軽やかに歩いて行く。


 何がミーティングだと、てめぇはただ向こうにいる女の子達と、お喋りしたいんだろ。


 内心怒り心頭の阿多であったが、弱気な性格が邪魔をして、ぐっと堪える。そして、真面目な性格ゆえに、開店時間までに終わらせようと再び必死で、商品の陳列に取り掛かる。離れた所で、女性従業員達と楽しそうに話をしている店長を、横目にしながら。それが、彼の日常であった。


 夕暮れ、スーパー”ニクニクマート”は営業時間で、一番忙しい時を迎える。阿多は商品補充の為、バックヤードから一箱30キロもある飲料水の入ったケースを、大量に運び出す。彼は日常的に、スーパー業務の力仕事を担当していた為、彼の肉体は鍛えられ、筋骨隆々へと化していった。


 阿多は箱から飲料水を取り出し、冷蔵用のショーケースに商品を陳列していた。すると、レジで精算を終え、重そうなレジ袋を両手に下げているおばあさんを見つける。


「駐車場のお車まで、お荷物お持ちしましょうか?」


「え、そんな忙しいのに悪いわ。大丈夫よ」


「いえ、構いませんよ。お車どちらですか?」


さっと、荷物をおばあさんから受け取り、おばあさんからの誘導を受ける。


「ごめんなさいね。ホント言うとすごく重かったの。助かるわ。ありがとう」


阿多は、おばあさんの車まで荷物を運び、またよろしくお願いしますと、にっこりと微笑む。おばあさんは阿多の方を見て、何度も何度もお辞儀する。


「阿多! てめえ、何サボってんだ! 品物全部出てないだろが」


また、黒原店長の罵声が駐車場に響く。


「すんません、行かないと怒られちゃうんで、お気を付けてお帰り下さい」


阿多は、申し訳なさそうな顔をしているおばあさんに、そう言うと、店内へ駆け足で戻って行った。


 阿多自身気付いていないのだが、そういった親切心からの行動はスーパーのお客となる地域住民から愛されていたのであった。






 


 




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