あなたは世界で一番強いヒーローになりたいですか?(注)ただしアホになりますが……

かたりべダンロー

第1話 天才科学者と最強のヒーロー

「これを使えば、史上最強のヒーローになる事が出来る。どんな怪人も彼を倒す事は出来ない」


 天才科学者、駄段健三(だだんけんぞう)は自室の研究室で、自分の長年の成果に歓喜した。


 彼の右手には、その研究の成果として、完成した腕時計のような物が握られている。今までの苦労をしみじみと噛み締めながら、目頭が熱くなるのを抑え切れずにいた。


 実験は何度も行なった。あとは実戦で試してみるのみなのだが、今の自分の体力では心許ない。私はもう若くないのだ。鏡に写った自分の白髪頭と、シワだらけの顔を呪う。


 誰かにこれを託さなければ。しかし、誰でも良いと言う訳ではない。もし、これが悪の手に渡れば、世界は混沌の世と化そう。


 ふいに、来客を知らせるチャイムの音が、聞こえて来た。チャイムの音を鳴らした主の姿を、モニターで確認する。顔見知りの姿にホッと安心する。彼は英雄仮面同盟の火賀(ひが)であった。


 駄段は建物のセキュリティを解除し、友人の火賀を地下にある自室の研究室に通す。


「博士、とうとう例の兵器が完成したようですね」


「ああ、君に渡したファイアバンドよりも、恐るべき力を持っている」


 以前、自分が発明したファイアバンドと呼ばれる、腕時計型の兵器が火賀の左手首に備わっているのを、駄段は確認し続ける。


「だが、これを使用するに辺り、何点かデメリットがあるのだよ」


「デメリットですか?」


「そう、使用後の疲労度が半端ないんだ。ワシも使用して、何回か変身したのだが、死ぬかと思うくらい、すごく疲れた。だが、一番の致命的弱点は、そこじゃないんだ」


 と言いかけた時、侵入者を知らせる警報音が、館内に鳴り響く。侵入者の正体を各場所に設置されたカメラからの映像を、駄段はモニターで確認する。正面玄関のカメラの映像に、人影が複数映っている。


 いや、人ではない。そこには人ならざるモノ、怪人が映っていた。


「は、博士! 奴等がなぜ、ここに」


 火賀はモニターで怪人の姿を確認すると、動揺する。


「どこからか情報が漏れたらしいな」


 意外に落ち着いた声で、駄段は対応した。


「まだ、セキュリティが機能している。それに万が一のことを考えて、この部屋から外に通じる隠し通路が、用意してある。怪人達と戦うようになってから、ワシも随分用心深くなったからな」


「博士、その新しい兵器は使えないんですか?」


「だから、致命的な弱点があると言っている。この状況を打破できるような、楽観的な代物ではこれはないのだ。逃げるという手段が一番適当かつ、無難な選択であると思う」


 駄段博士は、部屋の隅にある本棚の前へと駆け込む。右から三番目の”逃げるが勝ち”というタイトルの本を取り出すと、本棚が右へ移動し、その移動した箇所から通路が出現する。二人は顔を見合わせ、その通路へと足を運んだ。


駄段達は、薄暗い通路を足早に進んで、外に通じる出口に到達した。出口は駄段の研究室のあった建物の裏手にあり、建物からは木々に囲まれ、死角になっている。辺りはすっかり日が落ち、灯りは月の光のみとなっている。


「このまま森を抜けて、山を下りて、街へ向かおう」


 駄段博士は声を殺しながら、後ろを付いて来る火賀に合図を送る。しかし、火賀は何か考え込むような素振りを示し、反応しない。


「どうした? 火賀君。このまま静かに山を下りれば、奴等から逃げ切れる。心配するな」


「いえ、そうじゃないんです」


 火賀の意外な反応に、駄段博士は戸惑う。


「僕は奴等、悪事を重ねる怪人達と戦う為に、あなたから力を頂きました。ここで奴等の姿を見て、背を向けて逃げるのは、僕の信念とは違うなと思ったんです」


 火賀は怪人達がいると思われる、建物の方角を見据える。


「君に与えた力は確かに強い。だが、絶対的な強さではないのだ。今、奴等と戦いを挑み、もし仮に負けたとしたら、この恐ろしい新兵器は奴等の手に落ちる。それは絶対に避けねばならん」


「その兵器を今、実用する訳には行かないんですか?」


「危険なんだ、これは。ワシは正直、これを使って変身したくない。変身すれば、君に被害が及ぶかもしれない。逆も然り。君がこれを使って、変身したらワシは君に殺されるかもしれん。逃げるのが一番じゃ」


「変身すると、どういう状態になるんですか、教えて下さい」


火賀は駄段に詰め寄る。


 が、その時遠くから、こちらに駆け寄って来る、草の擦れる音がする。追っ手が来る、二人は直感で木の陰に隠れる。火賀は駄段に、目で先に行って下さいと合図する。もうこれ以上、彼を説得することは出来ないと駄段は諦め、一人で山道を下りて行く。


 駄段が離れて行ったのを火賀は確認してから、両手を胸の前で交差させ「変身!」と叫ぶ。全身が光に包まれ、姿が人ならざるモノへと、変化して行く。全身、赤の鎧を纏い、額には火の形をした、エンブレムが輝く。そう、彼は通称”ファイアバンド”と呼ばれる、炎を操る正義の味方へと変貌したのである。


 そして、彼は物音のする方へと、走り寄って行く。しばらくすると、木々の間から人影が見える。まるで、トカゲを巨大化したような怪人、トカゲファントムがいた。


 ファイアバンドは、トカゲファントムの間合いに入ると、顔面を渾身の力でぶん殴る。不意を突かれたトカゲファントムは、防御の姿勢を取れず、直撃を食らい、地面に仰向けに倒れる。


 ファイアバンドは両腕を前に押し出すと、掌から炎の玉を作り出す。そして、その炎の玉を起き上がろうとする、トカゲファントムに放つ。トカゲファントムは全身炎をに包まれ、断末魔を叫びながら、再び地面に倒れ込む。しばらくの間、バタバタと手足を動かしていたが、動かなくなるまでそう時間は掛からなかった。


「正義の味方の癖に不意打ちとか、卑怯なマネをするんだな」


 ファイアバンドは、燃えているトカゲファントムの後方にいる、声の主を確認する。その主は全身黒の鎧に身を固め、黒のマントをなびかせながら、ゆっくり近づいて来る。頭部からは二本の角、口からは二本の牙、そして長い爪が印象的だった。










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