第4話 ゴリクマオトコ、スーパー襲撃事件

 阿多は、今朝も普段通りに、スーパーマーケットニクニクマートに出勤していた。いつも通りの仕事を行い、いつも通り、店長黒原からのパワハラを受けていた。

今日も、何の変わりのない日常が始まり、終わると彼は思っていた。



 午前十時過ぎ、阿多は、店内売り場の飲料水補充の為に、バックヤードにある飲料水のケースを、取りに行く。バックヤードに入って、必要な商品を探していると、店内売り場の方が何やら騒がしい。


  聞き耳を立て、店内売り場の方へ注意を向けると、悲鳴声やバタバタと大勢の人が、走り去る足音が聞こえる。


  阿多は、いつもと違う異様な雰囲気を、直感的に感じ取り、そっと店内売り場とバックヤードを隔てる扉の窓から、店内売り場の様子をうかがう。



「分かっていないようだから、もう一度言う。この店に、よく出入りしている駄段というジジイを出せ! 今、ここにいなければ、ここに連れてこい! お前等はそれまでの人質だ」


 その言葉の持ち主は、首から上は熊で、首から下はゴリラのような出で立ちをしていた。人間ではない、以前駄段が言っていた怪人であると、阿多は確信する。


 その怪人は、店内入り口に陣取り、この店の従業員と客を逃がさないように、睨みを利かせる。


「お前が店長だな? 従業員に命じて、ここを封鎖しろ。逃げようとするヤツは、容赦なく殺す」


  熊のようなゴリラのような怪人は、店長と書かれたプレートを胸に付けている黒原に、指示を出す。


「分かりました。あなたの指示通り致します。もし、あなたの指示通りに致しましたら、私だけ解放してもらえませんか? 私は仕事が出来る人間なので、殺すには惜しい男です。人質は他の無能な人間を、お使い下さい」


  従業員並びに客達は、こいつマジかと言わんばかりの、冷たい視線を黒原に送る。


「ダメだ! さっさと従業員に封鎖を命じろ!」


 この熊のような怪人、通称ゴリクマオトコは、黒原の言葉を受け付けない。


 黒原は、しぶしぶ客と従業員の集まっている辺りを見て、指示のできる人間を探す。と、その時、従業員の一人の中年女性が、店内入り口とは逆方向のバックヤードに向かって、逃走を図る。


「バカめ。怪人の俺様より早く動けると思っているのか」


 ゴリクマオトコは、瞬時に逃げる女性従業員の後ろに追い着き、女性従業員の背中にパンチを放つ。女性従業員の骨が砕ける音が、店内中に響き、女性従業員は、壁に激しく叩きつけられる。女性従業員の接触した壁とその床は、大量の血しぶきが付着し、その女性は二度と動くことはなかった。


 人質達は、その一部始終を目撃していた。


 次は自分達が、あの女性のような変わり果てた姿になるかもしれないと、恐怖した。


 人質の一人の小太りの中年女性は、声を上げて泣き叫び、その隣でいた老夫婦は、ただ茫然と立ち尽くしていた。


 ここにいる人質全員が、目の前で人間の命を絶たれるところを見せつけられ、絶望に瀕していた。


「分かっただろ。死にたくなければ俺様の言う通り棚を動かして、外から侵入できないようにしろ!」


 ゴリクマオトコはその一回り大きい巨体から、人質達を見下ろしながら、言い放つ。人質達は言われるがまま、商品棚を店内と店外を隔てる箇所に、バリケードを設置するように動かす。


 阿多もまた、その一部始終を店内売り場とバックヤードを隔てる扉の窓から、見ていた。自分も隠れているのが見つかれば、殺されるかもしれないという恐怖と、人質を解放したいという正義感の葛藤に、さいなまれていた。


 阿多の左手には、駄段から受け取った腕時計型変身装置が、光の反射できらりと輝いていた。阿多はそれを見つめ、考え込んでいた。自分は今、何をすべきかと。


ゴリクマオトコが、スーパーニクニクマートに立てこもってから、一時間が過ぎようとしていた。


異変に気付いた地域住民から、警察は通報を受け、数台のパトカーと大勢の警察官で、店を包囲していた。店周辺には、大勢の野次馬が集まり、事件の動向を興味深く、うかがっていた。



  *   *   *   *



「駄段博士並びに英雄仮面同盟の方々が到着しました」


 この現場を指揮していた警察責任者に、巡査長から報告が入る。


 野次馬達の後方から、異様な格好をした集団が、警察責任者の元へ、ゆっくりと歩いて来る。ある者は派手な鎧を身に纏い、ある者はスタイリッシュなプロテクターを身に着けていた。こいつ等が、いわゆるヒーローと呼ばれる連中かと、警察責任者は一別する。


「お待たせしました。私が、英雄仮面同盟リーダーの駄段です。犯人が怪人なので、ここからは我々、英雄仮面同盟が、この事件の指揮権を、引き継がせて頂きます。警察の方々には引き続き、店の包囲と野次馬の方を、宜しくお願いします」


 集団の中心にいた白衣を着た白髪頭の老人が、警察責任者に挨拶をする。警察責任者は値踏みするような視線を駄段に送り、現場の後方へと退いて行った。


「駄段博士、どうやら犯人のゴリクマオトコの要求は博士との交渉のようです」


 英雄仮面同盟のヒーローの一人、ウインドキッドが駄段の隣に歩み寄る。


  水色のプロテクターと、風車の紋章が付いているキャップを被っているのが、特徴的だ。彼は、まだ若いのであろう。どこか仕草や容姿に幼さが残っている。


「ゴリクマオトコって敵さんのナンバースリーだろ? 厄介な奴が立て籠りやがったな」


  駄段は、自分が交渉に選ばれた面倒くささに苛立ちを感じつつ、ウインドキッドに状況を確認していく。


「そうですね。今、来ているヒーロー全員で戦っても、ゴリクマオトコに勝てるかどうか分かりません。今の英雄仮面同盟の戦力は、かなり落ちています。ファイアバンドさんが、生きていてくれればと、本気で思います」


「惜しい男だったな。ワシも悲しい。だが、失った者のことを言っても、この状況は打開できない。話を戻そう。人質は・・・、人質は何人だ?」


「……11人だそうです。一人……助けられず犠牲になった女性の方がいます」


 ウインドキッドは、うつむきながら答える。


「そうか……。今、生存している人質の中に阿多田他太あたたたたという従業員は入っているのか?」


「いえ、でも、一人、居場所が確認できていない従業員が、確かそんな名前だったかと。それが何か?」


「何? まさかな。もし、もしな、ワシが思っているような状態ならば、山が動くかもしれん」


「ひょっとして、例の新兵器を渡した人間ですか? 僕は変身装置を渡したのに、一度も変身して怪人と戦おうとしない、そんな臆病な人間に期待はできません」


 ウインドキッドと駄段が会話している最中、駄段の携帯電話の着信音が、現場に鳴り響く。駄段は携帯電話を手に取り、相手を確認する。見知らぬ相手からの電話だ。


「もしもし、駄段ですが」


 駄段は警戒しながら、電話に出て、相手を確認する。


「駄段の携帯で、間違いないな。俺は今、スーパーを占拠している怪人様だ」


 電話の相手はやはり、スーパーニクニクマートに立て籠もっている怪人、ゴリクマオトコであった。










 


 












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