第5話 ヒーローなのか? 変質者なのか?
「なぜ、スーパーで人質を取って、占拠しているのか理由を聞きたい」
駄段は慣れない人質交渉を、怪人相手に始める。彼の日常は、ヒーローに変身できる装置の製作なのだ。コミュニケーション能力は極めて低い。
「俺達怪人の敵になる、ヒーローを作り続ける貴様が邪魔なんだ。よって、要求はただ一つ。駄段、貴様の命だ」
スーパーに立てこもっている怪人ゴリクマオトコは、人質達に目を光らせながら、電話ごしに要求を伝える。人質達は怯え、逃げる気力を失っている。
「ワシの命? どういうことだ?」
駄段はスーパーの駐車場で、警察官と共に包囲しているヒーロー達の中心に陣取り、電話越しに交渉している。
「つまり、人質を助けてやるから、今、俺の目の前で自ら命を絶てと言ってるんだ」
ゴリクマオトコはスーパーの外に張られている包囲網を睨む。そして、電話に力を込める。
その様子を店内売り場とバックヤードを隔てるドアの窓から、覗いている従業員阿多がいた。まだ、自分の存在は怪人に気付かれていないと安心はしていたが、人質を助けるか、逃げるかの選択に迷いを感じていた。
駄段は、ヒーロー達に目で指示を送る。怪人に動きがあれば、全員で突入だと。
「ワシ自ら、命を絶つことはできない。交渉には応じられない」
「なら、人質を全員殺すぞ。それでもいいのか?」
「嫌です。止めて下さい」
「ダメだ。貴様か、人質達か、どちらが死ぬか選べ」
ゴリクマオトコは、更に駄段に威圧的な態度で接する。が、駄段はこの板挟みの状況に耐えられず、遂にキレてしまう。
「嫌だって言ってんだろうがぁ。貴様はどうだ? 俺の立場なら、命を投げ出すか? バカか、貴様は」
「なにぃ、お前、正義の味方だろ? 何があっても、人質の命、優先だろうが。ふざけんな」
「ふざけてるのは貴様だ。正義の味方も、死ぬのは嫌なんだ。そんなことも分からないのか。だから、怪人なんて奴は、みんなバカばっかりなんだ」
駄段は、怒りで顔が真っ赤になっている。そんな後先を考えていないリーダーの言動を、ヒーローと警察官達は冷ややかに見つめる。
「もう、許さん。貴様ら人質を全員殺して、外の奴等と戦闘だ」
ゴリクマオトコも、手の中の携帯電話を握り潰し、人質達を睨む。
人質達は、怪人の自分達に向けられている明らかな殺意を感じるが、恐怖で体を動かすことが出来ない。
ゴリクマオトコは、人質達の前に立ち、巨大な腕を振り上げる。殺されると、人質、誰もが感じたその瞬間。
「この腐れ怪人がぁ。人の命を何だと思ってるんだ!!」
阿多は、怪人から見えていない売り場とバックヤードのドアから、つい叫んでしまう。あっと思わず、口を手で塞ぐがもう遅い。
「今、叫んだヤツ、どこにいる? そのドアの向こうか? ふざけやがって、出て来い!!」
ゴリクマオトコは、声がしたドアの方を睨み、ゆっくりと歩み寄って来る。 阿多はドアの窓から、ゴリクマオトコの姿を確認する。
完全に怒ってる。間違いなく殺される。死ぬのは嫌だ。もうこの手段しか、生きて帰ることが出来ないと、阿多は覚悟を決める。
「変身!!」
阿多は左手首の腕時計型変身装置に視線を向け、両腕を交差して叫ぶ。
腕時計型変身装置は、その声に反応して、回転音を上げ、全身が光に包まれる。全身から力が溢れて来るのを感じると同時に、阿多は頭の中が真っ白になっていく感覚を覚える。
そして、阿多の姿は豹変し、人ならざるモノ、ヒーロー”クレイジーフール”が誕生する。
ゴリクマオトコは、ドアの窓から鮮烈な光と激しい回転音が漏れている異常事態に、一瞬足を止める。
「てめぇ、何してるんだ。無駄な事を止めて、大人しく出て来い!」
怪人は叫んだが、返事はない。しばらくすると、光と音が止み、静けさが漂う。ドアの向こうからは相変わらず、何の反応もない。
「出て来ないなら、こっちから行くぞ!」
怪人ゴリクマオトコが、また足を進めようとしたその瞬間、光と音が漏れていたドアが急に開く。
「な、何なんだ? 誰なんだ、お前は?」
ゴリクマオトコは、ドアから入って来た異様な人らしきモノに呆気あっけに取られる。
そのモノは胸にはプロテクターが装着されており、黒のブリーフを履いている。ひざとスネにも同様のプロテクターを装着しており、一見すると武装した正義のヒーローに思えた。
目はゴーグルで覆われているが、鼻と口は剥き出しで、鼻水とヨダレを垂らしていた。頭部には、一輪の花が咲いており、頬には渦巻き模様が施されている。
そして、そのモノは何故か半笑いで、気持ちが悪かった。
ゴリクマオトコは、この目の前の男を新手のヒーローか、ここに紛れ込んで来たただの変質者か、見極めようとしていた。
「誰なんだって、聞いているだろが? 答えなければ殺すぞ!!」
ゴリクマオトコが、その異様な男に歩み寄ろうとした瞬間、異様な男の股間から謎の液体が、足を伝って流れ出す。
「ま、まさか貴様、小便を漏らしたのか!」
ゴリクマオトコは、異様なプロテクターの男の黒ブリーフが濡れ、そこから水が流れているのを見て漏らしたのだと、確信して叫ぶ。
怪人は自分に恐怖し、それでこの男が漏らしたのだと、男の表情を確認する。
いや違う、怪人は自分のさっきまでの考えを、強く否定する。その男の表情は力が抜け、気持ち良さそうな顔をしている。まるで、温泉に浸かっているオッサンのような顔だ。
「あは、あは・・・」
プロテクターの男はなおも半笑いで、今度は犬のように回り出す。しかし、突然何かを見つけて、動きを急に止める。ゴーグルの下の目が、キラリと光ったかと思うと、全速力で人質達の元へ突進して行く。
ゴリクマオトコは虚を突かれ、一瞬行動が遅れる。
「まさか、この一連の不審な行動は俺を油断させて、人質を救出する為の演技だったのか?」
ゴリクマオトコは、プロテクターの男を追いかけるが間に合わない。プロテクターの男は、人質の一人である若い女性従業員の元へと辿り着く。
そこで、ゴリクマオトコは衝撃の光景を目の当たりにする。
「いやああああああ」
女性従業員の悲鳴が店内に響く。プロテクターの男は、なんと女性従業員に抱きついたのである。女性従業員はそれを嫌がったが、男は離れない。
「てめぇ、俺の狙ってる女に手を出すんじゃねぇよ」
女性従業員の隣にいる黒原店長は叫ぶが、怪人とこの男が怖いので、何もできないであたふたしている。
「コラ、貴様! その女が嫌がってるじゃねぇか。その手を放せ……って怪人の俺に、そんな台詞を言わせんじゃない!!」
ゴリクマオトコはプロテクターの男に叫ぶが、男は一向に女性従業員から抱きついて離れない。
「ぐへへへ……」
その男は女性に抱きつきながら、相変わらずヨダレと鼻水を垂らし笑っていた。
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