第16話 賢い怪人にはアホは勝てないのだよ

「アホでは賢い者に、勝てないって事を証明してやるぜ!」


オニサンレッドは、キモクサマンを指差しながら、ビシッとポーズを決める。


キモクサマンは相変わらず、意にも介さず、ぐへへへへと、笑っている。


「キモクサマン対策その一、キモクサマンには、人質は意味がない!」


オニサンレッドは、そう言うと、左手で少年タケルの襟首を掴んでいたのを放し、左手でタケルを突き飛ばす。


タケルは、うわぁと叫び声を上げた後、舞台上で倒れる。解放された我が子を見て、すぐさま、母親がタケルの元へ走って行き、タケルを抱き締める。


「キモクサマンはアホだから、人質という認識がない。つまり、目の前で誰が殺されようが、何も感じない。いや、アホだから、何も分からないのだ」


オニサンレッドは力強く、解説する。


「キモクサマン対策その二、キモクサマンには、交渉は通用しない。話し合い、命乞い、全て、無駄なのだ。何故なら、キモクサマンはアホだから。話しても、理解出来ない!」


と、言いながら、オニサンレッドは、キモクサマンと距離を取り、舞台下を見る。


「キモクサマン対策その三、キモクサマンと戦っても勝てないので、出会ったら逃げる事!」


怪人オニサンレッドは、ある言葉を思い出していた。


"キモクサマンに出会った怪人は、必ず死ぬ"


怪人でも、死にたくない。そう思うのは、当たり前だ。それが、生物の本能なのだ。


オニサンレッドは、最初から思っていた。


絶対、キモクサマンから、逃げようって……。


そして、この勝負。キモクサマンから生きて、逃げ切れれば、自分の勝ちなのだと、オニサンレッドは、勝手に解釈する。


オニサンレッドは、キモクサマンから逃げるチャンスを伺う。キモクサマンが不意に、オニサンレッドから目線を外す。


今だ、チャンスだと、オニサンレッドは、逃げる体制に入り、走り出す。


やった、俺は怪人で初めて、キモクサマンに出会っても、生きて帰った怪人として伝説に残ると、赤鬼の怪人は勝利を確信する。


と、その時、キモクサマンが、オニサンレッドの顔を指差し、爆笑し出す。


怪人は何でと、不思議に思い、首をかしげ、立ち止まる。


顔を指差して笑う……。


俺の顔が、可笑しいから……。怪人の中でも、イケメンと言われた、この俺様が、笑われているだと……。ふ、ふざけるな!


オニサンレッドは、逃げる状態から一変し、キモクサマンの方へ振り返り、叫ぶ。


「貴様の容姿の方が、よっぽどヒドイわ! 頭にきた! もう、ゆるさん! ぶっ殺す!」


怪人オニサンレッドは、怒りで我を忘れる。ここで怒りの感情を抑えられるぐらいなら、怪人などやっていないわと、キモクサマンに襲いかかる。


オニサンレッドは、両手で自慢の金棒を持ち、キモクサマンに目掛け、滅多打ちにする。


鈍い音だけが響き渡る。もちろん、キモクサマンは攻撃を意に介していない。むしろ、キモクサマンはあくびして、眠そうだ。


そして、お決まりのキモクサパンチが、オニサンレッドに炸裂する。


オニサンレッドの身体は、粉々に粉砕し、オニサンレッドは絶命する。


こうして、キモクサマン対怪人戦、無敗記録がまた、更新された。


五歳の少年タケルは、キモクサマンと赤鬼の怪人の戦いを一部始終見ていた。タケルは、怪人が倒されたのを見て、安心して、母親の胸の中で号泣する。


そして、タケルは思い起こす。


自分が憧れ、あんな風になりたいと思っていた、イケメンインテリズ。そのヒーローのトークショーに、楽しみにしてやって来た。


そこで、怪人に襲われ、ヒーローの彼等に助けを求めた。でも、彼等は自分を見捨てて、逃げて行った。


舞台下にいた野次馬達。彼等は、自分が怪人に殺されそうになっているのに、ただ、見ているだけだった。


大人達なんて信用出来ない。誰も、みんな、子供の僕を助けてくれない。タケルは孤独で不安になり、辛くて、悲しかった。


そんな、僕を助けてくれたのは、みんなから嫌われ、気持ち悪い、臭いと言われているヒーローだけだった。


キモクサマンだけだった……。


タケルは分かった。


誰が本当で、本物のヒーローなのかを……。


キモクサマンは舞台上の中央で、ぼけーっと立っている。相変わらず、何を考えているのか分からない。


タケルの母親は、タケルを引き連れて、恐る恐るキモクサマンに近付いて行き、キモクサマンに声を掛ける。


「我が子、タケルを助けて頂き、ありがとうございます。本当に御礼のしようがございません。このご恩は一生忘れません」


タケルの母親はキモクサマンに、深々と頭を下げる。母親も、息子の命の恩人とはいえ、噂のキモクサマンだけに、かなり警戒している。


キモクサマンは以前、話を聞いているのか、いないのか分からない、無関心な素振りを見せ、ただ立っている。


少年タケルは、母親の手を離れ、キモクサマンにより近付いて、話し掛ける。


「キモクサマン、助けてくれてありがとう。僕、嬉しかったよ。お礼に、僕のおやつのクッキーを分けてあげるよ」


タケルは、ズボンのポケットから、クッキーの箱を取り出し、キモクサマンに渡す。


キモクサマンは、それを受け取る。キモクサマンはぐへへと笑い出し、飛び上がって喜び、奇声を上げる。


少年タケルの気持ちが、キモクサマンに通じたのだ。


それから、タケルとキモクサマンは舞台の上で、あぐらをかいて、隣同士座る。


キモクサマンは夢中で、クッキーを食べている。タケルは、そんなヒーローを面白そうに見ている。母親は少し離れた所で、その様子を嬉しそうに眺めていた。


少年とキモクサマンの友情が、芽生えた微笑ましい瞬間であった。


キモクサマンはクッキーを食べる事が、あまりに嬉し過ぎて、気を抜いてしまう。思わず、お尻が緩む。


黒のブリーフから、プスーっという音と共に、屁が漏れる。辺りに悪臭が広がる。その悪臭は、毒ガスとなり、少年タケルと母親を襲う。


「キ、キモクサマン……。くさっ!」


少年タケルは泡を吹いて、失神する。タケルの母親も同様に泡を吹いて、倒れる。


キモクサマンはその様子を、ぐへへ、ぐへへと笑って見ていた。しかし、キモクサマンの口元へもキモクサマンの屁の臭いが忍び寄る。


キモクサマンは、自分の屁の臭いで気持ち悪くなり、おえーっと吐き出す。


ほとんど人が居なくなった静かな舞台会場には、ただ、キモクサマンが吐いている声だけが響き渡っていた……。





















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